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英米文化にはない余白の文化を大切に(通訳者 長井 鞠子)

投稿日 : 2014年08月29日

My Opinion 7

通訳者 長井 鞠子氏

 

DSC00024サミット(先進国首脳会議)をはじめ、数々の国際会議やシンポジウムにおいてトップ通訳者としてご活躍中の長井鞠子さん(71)に、相手への思いの伝え方について聞いた。

 

―通訳の仕事は大変ですか?

私の場合は好きだからということもあり、あまり大変と感じたことはありません。会議通訳は、何か一つ言ったら大きな問題になるかもしれないとか、毎日勉強に追い立てられるとか、スケジュール的にきついところもあります。確かにストレスが多いかもしれませんが、好きなことをやっている楽しさがストレスをある程度和らげてくれているんじゃないかと思います。

 

―ご自身を自己分析されると。

私は、生まれつきものすごく好奇心が強い人間だと思います。一つのことをまじめに、わき目も振らず、努力をして掘り下げるという人間ではありません。私のように世の中にあることが何でも面白いと思う人間にとって、通訳は一番面白い職種なのではないでしょうか。それから、クライアントにものすごく怒られてもあまり引きずらないタイプなんです。3日引きずったとしても、4日目には全て忘れて次の仕事の準備をしていますから。

 

―長井さんを通じて日本から重要なメッセージが世界に伝わりますが、使命感や気負いはありますか。

自分が通訳をしているという意識はありますが、政府を代弁しているというような気負いはありません。政府を代弁しているのは、あくまでも政府の方です。自分はあくまでも黒子であって、メッセージを効果的に伝えるのが私のスキルだと思っています。

 

―総理や大臣の通訳を数多くされたご経験から、日本人のコミュニケーション能力の向上を感じ取られたことはありますか。

仕事の場面でお目にかかる方たちのコミュニケーション能力が劇的に変わったとは思いません。押しなべて最初から下手だったかというと、そうでもないと思います。コミュニケーション能力は個人に属する能力ではないでしょうか。日本人でも弁舌さわやか、よく人に通じる人もいれば、日本人同士で日本語で会話をしても何を言っているかわからない人もいます。ただ、日本語でしっかりしたコミュニケーションを取れるよう訓練することが必要だと思います。外国人とのコミュニケ―ションは、ついつい外国語ができないと言いがちですが、そのときこそ私たち通訳者の出番です。

 

―日本人は、国際会議などでなぜ議論をしないのでしょうか。

日本人は議論をするのが楽しくないんですね。議論で相手を打ち負かす、あるいは自分が打ち負かされるということは、自分の人格を否定されたように思うのですね。議論はスポーツみたいなものです。勝ったとしても相手の人格を否定しません。スポーツを鍛錬するようにディベートの鍛錬をする必要があると感じます。

 

―最近プレゼンテーションに重きを置いた書籍を多く見かけます。

ひとつはオリンピック効果ではないでしょうか。2020年の東京オリンピック・パラリンピック招致のプレゼンは、そばで聞いていたので良くわかりますが、大変素晴らしかった。また質疑応答での安倍総理は、非常に上手に、説得力ある形で答えていらっしゃいました。東京に開催都市が決定した夜にホテルに戻ってネットを見ていたらIOC委員の「難しい質問に対して明瞭かつ簡潔、効果的に安倍総理は答えていた」という発言を見ました。それを見た時によかったな、私の英語が報われたと思いました。

 

―通訳になるための訓練はどのようにされていますか。

若い人は通訳学校で様々なトピックの教材をとおして訓練しています。ただ、これが勉強方法です、というのはないですね。私は、本を読んだり、ネットを見たり、広く浅くいろんな情報がざっくり入るようにしています。私は学生時代から「なぜ戦争をするのか」というのが非常に大きな興味関心事で、このテーマはいつも追いかけています。あとは日々受ける原子力、ナノテク、政局の解説、仏教の唱道など幅広い通訳の仕事を通して勉強してきました。

 

―ことわざや漢詩をはじめ難しい言葉の引用を好む人がいます。難しい言葉を訳すのに迷われることはありますか。

しょっちゅうです。私が通訳の仕事を始めたころは、今よりも漢語や四文字熟語を使う人が多かったですね。知らないことが山ほどあってそのたびに恥をかきながら、わからないことは先輩やクライアントに聞きながらやってきました。その時に分からなかったことは絶対に忘れないので、私の財産です。ただ、漢詩や四字熟語よりも困るのは駄洒落です。日本人は笑うのですが、外国の方は何もわからない。同時通訳でたとえ解説ができる時間があったとしても、笑わないですよね(笑)。

 

―英語と日本語の違いは。

一番の違いは、余白の文化だと思います。これは英米文化にはない文化なので、それを持たない人間にはなってほしくありません。余白の文化を楽しむ人間でありつつ、外国語で議論するときなどは余白のないような、説得力のある文章をたてる力を身に付けてほしいと思いますね。最近文部科学省はグローバル人材とすごく言っていますけれども、ぜひ日本の若者に身につけてもらいたいと思います。そうではないと、自分の特徴を生かすことができないじゃないですか。英語での議論においては、アメリカ人と日本人である私が、アメリカ人的に勝負したら負けるに決まっている。日本的なものを身に付けた人間として勝負をしてほしいですね。

 

―ところで、通訳を機械が行う時代はくるでしょうか。

私が生きているうちに、私のやっているレベルの仕事を機械が全てする、というのはないと思います。機械翻訳は、書いていることが全く分からない時には役にたちますよね。エディットという部分を完ぺきなものにするためには、まだどうしても人間の手が必要です。技術の進歩は予想を超えるようなところがありますが、私の目の黒いうちは多分ないでしょう(笑)。

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―若い人に通訳の仕事は面白いとすすめますか。

通訳の場面でいろんなことが見える。こんな面白い仕事はないですよね。人間模様、社内の力関係、通訳するトピックの魅力。ノーベル賞を受賞したような方、NPOで頑張っている方、政界や財界のトップの方など時代の波頭に立っている実感が持てる仕事でもあります。こんなに面白い世界はないから、ぜひ若い人にも入ってもらいたいですね。

(聞き手:FPCJ理事長 赤阪清隆)

 

 

長井 鞠子(ながい・まりこ)

1943年宮城県生まれ。国際基督教大学卒業。1967年、日本初の同時通訳エージェントとして創業間もないサイマル・インターナショナルの通訳者となる。以降、日本における会議通訳者の草分け的存在として、先進国首脳会議をはじめとする数々の国際会議や、シンポジウムの同時通訳を担当。政治・経済のみならず、文化、芸能、スポーツ、科学ほか、あらゆる分野の通訳を担当。著書に、「伝える極意」(集英社新書)がある。

 

 

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