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「積極的な情報開示を」沼田貞昭(日本英語交流連盟会長)

投稿日 : 2013年09月01日

My Opinion No. 1

 

沼田 貞昭氏

元在カナダ特命全権大使、日本英語交流連盟会長 

 

外務報道官や複数の大使館での大使、公使を務め、日本政府を代表して海外メディアと渡り合ってきた沼田貞昭さん(70)に、日本からの情報発信の現状や課題を聞いた。

 

沼田氏写真―情報発信の必要性を実感した瞬間は。

常に感じている。外務報道官時代を含め、10年近く日本のスポークスマン的な立場にあったが、もっとも強く必要性を感じたのは、阪神・淡路大震災の時。在英国大使館の公使として現地のメディアに説明しなければならなかった。早朝「大使館の外にテレビクルーが並んでいる」との報告を受け、何か言わなければならないが神戸で何が起きているのか把握できない、という状況に直面。英国では地震そのものがあまり理解されておらず、災害は防げるものという感覚があるとわかり、これは逃げてはいけないと思い、一日中インタビューを受け続けた。日本はずっと災害と向き合い、防災の仕組みもつくってきたが、防げない自然災害もあるのだと。

 

~ 能動的に 明確なメッセージを ~

 

―東日本大震災の際には、情報発信の遅れや不十分さを批判する声が上がりました。

悲観的な情報を流してパニックを招いてはいけないと考えるのはよくわかる。しかし、ある情報はやはりどんどん出したほうがいい。福島第一原発のメルトダウン。緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)のデータの公表。結果的にいかにも情報を隠していたかのような印象を与えてしまった。緊急時の情報通信(Crisis Communication)では、発信しなければならない立場にいる誰もが「どこまで情報を出すか」というジレンマに直面するが、インターネットで情報が瞬間的に拡散する時代でもあり、隠したところで隠しおおせない。

むしろ、「情報空間」に果敢に飛び込み、能動的にメッセージを出すべきだ。緊急時には、多くの人が様々な情報を流し、情報空間の取り合いになる。そこに、責任ある当局は躊躇せず入っていかなければ。BBCのニック・ガウイング氏が提唱しているが、たとえ不十分であっても、最初に素早く発信し、間違っていたらどんどん直していくという姿勢。そのぐらいの覚悟でなければ負けてしまうのかな、という思いが募っている。

もう1つ必要なのは、骨太で明確なメッセージを打ち出すこと。膨大なデータが集まってきても、きちんと分析し、整理して、悪い話も含めてどの情報をどう出していくか優先順位をつけて決めていかなければならない。リーダーが発すべきメッセージ、現場の担当者が説明すべき内容と分けて考えることも重要。発言が及ぼす影響を考えてから臨むことも必要だ。このような点についての鋭敏な感覚が不足している。危機の際には中央司令塔をしっかり設けて対応していかなければいけない。

 

-どのように発信していくことが求められていますか。

コミュニケーションとは本来双方向のもので、一方的に言えばすむというものではない。自分のメッセージをはっきりさせ、相手がどう受け取るか考えたうえで、説得していくやりとりだ。受け身なメンタリティによるものか、日本ではその意識があまりない。訓練の不足もあるだろう。ロンドンでメディアトレーニングを受けたことがあるが、それも非常に重要。たとえばテレビのインタビューでは、10分間話しても使われるのは数十秒にも満たない。次から次へと質問が飛んでくるなかで、それに答えながら同時に自分のメッセージを伝えなければならない。自分の言いたいキー・メッセージは何かよく考え、それを簡潔に伝えられるように訓練をしておくことが大切だ。

 

~ 双方向の対話で相手を説得できるスキルを ~

 

-情報発信への課題は。

ロンドンでは、同じ分野に関心のある人たちが集まって議論をする知的交流の場が発達しているが、日本人に声をかけてもなかなか来ないという。大使館にいた頃、シンポジウムの講演者などの紹介をよく頼まれたが、適当な人がおらず、結局自分が出るケースも。科学技術などの面ではともかく、安全保障や国際関係の場では発言力のある人材が不足している。知的な世界でも対話を進めていかないといけない。そのためには知的な発信のできる人材を育てていくことが大切だ。しかし、日本のほうが居心地がよく、外に行かなくてもいいと考える人が増えているのも事実。10年前、日本と韓国からの留学した学生の数はほぼ同じで、中国はその倍程度だった。今は韓国の半分、中国の十分の一しかない。

 

-グローバル人材の育成が叫ばれていますね。

最近よく話題になっているが、学校で英語教育をどのように行うかとの議論に矮小化されている。相手を説得するためのノウハウとしてのコミュニケーション能力をどう身に付けるか。その責任を小中高の先生に全部押し付けてしまうことには無理がある。単に全体の英語力を底上げする、というところから一歩抜け出し、外国との接触で第一線に立ち本当に英語を使うことを必要とする人たちにターゲットを絞って、彼らの実践的コミュニケーション能力を育む、ということも重要だ。

 

-FPCJに求められるものは。

日本にいる約600人もの海外メディアの特派員。彼らへのアプローチはとても大事。まさにそこで、FPCJの役割が非常に重要になる。きちんと説明すれば、日本のいいところは伝わる。そのためには普段からの対話が欠かせない。FPCJには特派員とのコンタクトを密にとってほしい。僕自身も、外務省のスポークスマンとして、東京にいる特派員となるべく意識して接触するようにしていた。ロンドンにいた頃は、主要紙の論説委員クラスと時々昼食をとるなど関係づくりも。そうすると、何かあった時に彼らから電話がかかってくるようになる。コメントや見解を聞かれたり、書く切り口を知りたいと言われたり。ただ会見をしていればいい、ということではなく、手間暇はかかってもそういうコンタクトをとっておくことが、結果的に日本を正しく知ってもらうことにつながる。

 

(聞き手:FPCJ理事長・赤阪清隆)

 


 

沼田 貞昭(ぬまた・さだあき)

1943年生まれ。東京都出身。東京大学法学部卒業。オックスフォード大学修士(哲学、政治、経済)。1966年、外務省入省。北米第一課長、軍縮会議日本政府代表部参事官、在英国特命全権公使、外務報道官、在パキスタン、カナダ特命全権大使などを歴任。インドネシア、米国、オーストラリアへの駐在経験もあるほか、総理通訳も務めた。2007年に退官し、2009年まで国際交流基金日米センター所長。2007年より鹿島建設顧問。2011年より日本英語交流連盟会長。

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