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今月の雑誌から:揺れる民主主義

投稿日 : 2021年12月28日

現在、世界中で民主主義が退潮傾向にあり、権威主義国が増加していることに、日本のメディアでも懸念の声が高まっている。12月9日、バイデン米大統領が約110の国と地域を招き、オンライン形式で「民主主義サミット」を開催し、民主主義勢力の結束を図ったことは大きく報道された。雑誌「アステイオン」Vol. 095に掲載された記事「民主主義本ブームを読み解く」の中で宇野重規東京大学社会科学研究所教授は、最近「民主主義」をタイトルとする書籍の刊行増加がにわかに続いているとし、これは民主主義に対する懐疑や不信が募っており、そもそも民主主義とは何か、いかなる意義を持つのかがよくわからなくなっているからではないかと論じる。


今回は、主要月刊誌の2022年新年号から、危機に面する民主主義諸国が、巧妙な選挙戦略などを駆使する権威主義諸国に如何に立ち向かうかを問う論文や、民主主義そのものを問い直す論文、さらには、従来の代表制民主主義に代わる新たな仕組みに注目する論文などを紹介する。



■「権威主義体制の変貌する統治手法」東島雅昌 東北大学大学院情報科学研究科 准教授(『中央公論』1月号)

 

東島氏は、米国の求心力低下や中国の台頭など、国際政治の大きなパワーバランスの変化と軌を一にするように、欧米各国では「民主主義の危機」が指摘されるとともに、それと対をなす権威主義体制(独裁制)もまた改めて注目されていると指摘する。中国の思想統制や新疆ウイグルでの政治弾圧、ロシアの野党政治家やジャーナリストへの暴力、ミャンマーの民主派市民への無差別暴力、アフガニスタンの人権抑圧と女性差別、北朝鮮の人民抑圧など、権威主義体制の指導者の統治手段には、暴力と抑圧が含まれる。しかし、独裁者は、恐怖政治が対外関係の悪化や反政府運動などのコストを伴うために、その生き残りをかけて統治方法を適応させるが、それが顕著に表れるのが「選挙」であると見る。

 

伝統的な権威主義体制に代わって急増したのが、複数政党が参加しつつも、独裁者が様々な手法を用いて選挙を操作して政権交代を起こさせない「選挙独裁制」であり、典型的に用いられる操作は「あからさまな選挙不正」であると同氏は言う。独裁者は、経済分配による大衆支持の獲得や、選挙制度を通じた選挙結果の歪曲、抑圧や暴力などの強制的手段の行使のタイミングや対象の慎重な選択、メディアの巧妙な利用により、選挙での圧倒的な勝利を担保し、選挙を体制強化の制度装置に変えていくと分析している。

 

これら独裁者たちの新たな統治手法に対抗するためには、財政資源管理の分権化と透明化、選挙操作の精査、非選挙時の市民の権利や法の支配の確立に向けた支援など、選挙不正の抑制と監視を超えた、権威主義諸国の内政へより踏み込んだ国際支援が必要と同氏は主張する。民主主義諸国は、危機に直面する民主主義自体の不断の刷新を進めながら、選挙という軸を超えた、多次元の国際支援を生み出す必要があると結論づけている。

 

 

■「民意亡国論-「国民の意思」の絶対化が招くこの国の危機」佐伯啓思 京都大学 名誉教授(『文藝春秋』1月号)

 

佐伯氏は、日本には「民意」という亡霊がうろついており、これが破滅へと導くかもしれないと警鐘を鳴らす。「民意」なるものを絶対化したために、圧倒的な「民意」の支持で政権を取ったナチス・ドイツは、デモクラシーを崩壊させたと同氏は言う。われわれはナチスから「民意」の危うさを学んだはずなのに、それを手放すこともできないという奇妙なディレンマに陥っており、それが今日の政治への不信、政治の不安定、政治への無関心、政治のエンタメ化の核心にある。同氏は、民意が政治を崩壊させるというべき深刻な事態だと強調する。

 

理性的で熟考された意見の集合である「興論(パブリック・オピニオン)」とは違い、情緒的、気分的に浮動する「世論(マス・センチメント)」は、選挙でも、グローバルな議論ではなく、賃金の引き上げや子育て支援など、国民の日々の身辺事項にしか関心を示さない。30年に及んだ日本の政治経済改革も、メディアの誘導による世論の後押しを受けてきたが成果をあげておらず、「民意」なるものは重要な国家的な選択において間違い続けてきた、と同氏は断じる。

 

デモクラシーとは、選挙で選出された代表者による議論を経た上での政治的な意思決定のルール、手続きにすぎず、それが機能するためには、手続きの尊重、自己主張の抑制と相手の意見への寛容、基本的な共通価値の尊重がなければならないが、「主権者」たる国民の意思というような実体のないものに無限定な強い意味を込める必要はない、と佐伯氏は断定する。「主権者」を抑制するものがなくなったとき、「民意」の暴走が始まり、それは、デモクラシーも日本の皇室制度をも破壊することにつながるとの危惧を表明している。

 

 

■「気候民主主義へ――地域発・若者発の転換」三上直之 北海道大学 高等教育推進機構 准教授(『世界』1月号)

 

三上氏は、2050年までに温室効果ガス排出実質ゼロ(脱炭素)の実現に向けてカギを握る要因として「民主主義」を取り上げ、経済・社会のシステムやライフスタイルの大きな変化を伴う脱炭素社会へのダイナミック転換は、従来の代表制民主主義の仕組みのみに頼って進めるのは難しい、と問題提起する。この観点から、より直接的に、政策決定への参加の刷新を追求する動きとして、フランスや英国など欧州の国や自治体で2019年から相次いで開かれている「気候市民会議」に注目する。同氏によれば、気候市民会議は、数十人から百数十人の人々を一般からくじ引きで集め、数週間から数か月かけて議論し、結果は政府や自治体の気候政策の立案や実行に活用される。 

 

一方で、「民主主義のイノベーション(デモクラティック・イノベーション」は、市民が直接参加し熟議する機会を増やし、諸問題のかじ取りに市民の役割を拡大しようとするものであり、気候市民会議や気候政策への参加を求める若者の運動の背景となっている考えで、同氏はこうした考え方や取り組みを「気候民主主義」と呼んでいる。西欧と日本には政治文化や産業構造の違いがあるものの、気候変動問題の切迫性や代表制民主主義の機能不全といった共通項は大きく、日本でも「気候民主主義」の萌芽が見いだせると指摘する。

 

三上氏は、自ら携わった実験的事例として「気候市民会議さっぽろ2020」と気候若者会議のを紹介しつつ、脱炭素社会への転換と民主主義のイノベーションを同時に実現しようとする地域発・若者発の動きを、より確実な流れとするために、参加や熟議の方法の公式採用や、恒常的な制度化などのシステム変革が求められていると結論づけている。

 

 

※このページは、公益財団法人フォーリン・プレスセンターが独自に作成しており、政府やその他の団体の見解を示すものではありません。

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