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今月の雑誌から: コロナ後の世界

投稿日 : 2020年05月22日

世界各国は、今回のコロナウイルス・パンデミックに対して都市封鎖や各種の自粛措置などをとってきたが、最近の感染者数の減少傾向を受けて、一部の反対の声はあるものの、そのような措置を緩和する動きをとりつつある。いずれの国においても、政策の優先度として、人の「命」と生活を守る「経済」とのバランスを如何に確保するかに苦慮している様子がうかがえる。

 

日本でも、政府が4月に緊急事態宣言を発令し、一旦は全国を対象に同宣言が5月末まで延長された。その後、感染者数の減少を受けて、5月14日と21日、東京、神奈川、千葉、埼玉、北海道を除く42県について同宣言が解除された。日本の感染死亡者数は、約700名(5月15日現在)と、欧米諸国に比べてはるかに低いレベルにとどまっている。

 

このような中、主要月刊誌の6月号は、主たる関心が、コロナウイルス・パンデミックが収束されたあとの世界へと移り、今回のパンデミック後も長きにわたって感染症と共存することになるのか、これまで進んできたグローバル化が逆行することになるのか、米中の対立がさらに深まり中国が覇権を握るのか、デジタル化が一層進んで監視社会が到来するのかなどについて、有識者の意見を多数掲載している。

 

 

■『中央公論』6月号、【特集】脱・コロナ恐慌〈世界の変容〉

「〔鼎談〕パックス・アメリカーナの終焉が来る? アフターコロナの地政学」

鈴木一人 北海道大学公共政策大学院教授 × 細谷雄一 慶應義塾大学教授 × 詫摩佳代 東京都立大学教授

 

国際政治的、あるいは地政学的な観点からコロナ後の世界を見据えて、米中対立について、鈴木氏は、「デカップリングは幻想である」ことが明らかになったとし、「アメリカは必要なものを自分で作れないわけですから、デカップリングを続けることは現実的に無理」と言い切る。詫摩氏も、米中の相互依存関係を今更切り離せるものではなく、米国は中国への敵対心とその必要性に、どこかで折り合いをつけざるを得ないだろうと見る。

 

鈴木氏は、これまでの自由民主主義社会と権威主義的な国との力関係が変わり、人々の頭の片隅に、今回のようなことが起こったときには、国家が強権を発動できる権威主義的な仕組みが有効だという認識が高まると思うと述べる。細谷氏も、自由放任主義(レッセフェール)ではこのような危機に対応できないということで、英米型の自由主義に対する信頼が大きく失墜し、期せずして中国が覇権国家としての地位を獲得する可能性もあり、コロナは大きな歴史的、世界史的な転換点になるかもしれないと見る。

 

コロナ後の世界が、①WHOのような国際機関を中心に国際協調が回復する、②G7などの欧米の先進自由民主主義諸国がリーダーシップを発揮する、③中国が世界の中心になる、いずれのシナリオとなることが考えられるかとの問いに対し、鈴木氏は、いずれのシナリオにも課題は残るが、覇権国家にはある種の憧れや理想、理念が不可欠で、中国が覇権国家になることはまだないと見る。詫摩氏は、いずれのシナリオでもなく、覇権国が存在しない、やや不安定な時代になる可能性が大きいと予測、「中国の強権的な体制のもとで感染が隠蔽され、世界への感染を招いたとの批判も多い。強権的な体制の負の側面も、今回の対応によって十分に注目されましたから」と説明する。

 

 

■『Voice』6月号、総力特集:パンデミックと米中ハイテク覇権

「コロナ後のグローバル化を見据えよ」

戸堂康之 早稲田大学政治経済学術院教授

 

戸堂氏は、コロナ以前から確実に進行していた米中経済の分断(デカップリング)の動きに拍車がかかっており、今後グローバル化の衰退が進行する可能性が高いと指摘する。その理由として、①コロナの影響で世界各国の生産が縮小し、海外からの部品調達に支障をきたしており、グローバル化の経済的なリスクが再認識されている、②欧米ではコロナ発生源とされる中国に対する不信感や反中感情からますます排他的な政策がとられる、③医薬品など様々な産業で、安全保障面からの中国依存の見直しが進む、との三点を挙げた。

 

しかしながら同氏は、「コロナの被害に怯えてグローバル化を縮小させるのではなく、むしろグローバル化を拡大していくことが、コロナによる経済縮小からV字回復し、次の経済ショックに対応するために必要」と訴える。グローバル化の利益の本質は、国境を越えて知識が波及することでイノベーションを活発化させることにあり、また、生産や調達を世界に分散している方がリスクの軽減になるからである。

 

とはいえ、同氏は、行き過ぎた中国依存を下げる一方、国内回帰せずにとくに、欧米や韓国、台湾、豪州などとサプライチェーン、共同研究、資本関係などの様々なネットワークで重層的につながるとことを提案する。信頼関係に基づく強靭なネットワークを構築するためには、相手が困っているときに助けることが大事であり、コロナ後の世界を見据えて、今こそ感染拡大に苦しむ国々に支援をするべきと主張している。

 

 

■『Voice』6月号、特別企画:感染症と人類の岐路

「コロナ後の世界を創る意志」

御立尚資 ボストン コンサルティング グループ シニア・アドバイザー

 

御立氏は、現在は「工業社会」をつくる時代と、「デジタル社会」の端緒たる時代が並存している時代であると見る。今回のパンデミックと混乱は、工業化社会のグローバル化で世界に広がったもので、今後も別種のウイルスによる感染症がパンデミック化する可能性は高いと論じる。近未来に起こる可能性が高いものは、リモートワーク、教育や公共サービスのデジタル化の着実な進展であるが、工業社会化の最終盤ゆえに発生しやすくなっていた問題が顕在化し、コロナ禍と相まって大きな混乱を生むというシナリオも考慮しておくべきで、リーダーはそのようなシナリオを考えて事前に手当てをしておかねばならないと同氏は主張する。

 

グローバリゼーションは逆行せざるを得ないのかという問いに対して御立氏は、「人類にとっての共通善をもたらす知のグローバル化は、強い意志をもって継続せねばならないし、それは可能だ」とし、パンデミックへの対応で「主権国家」(ソブリンネーション)の復権が明らかになりつつあるが、他方で、知のグローバル化がものすごい勢いで進行しており、その例として、中国の科学者からも膨大な知見が欧米のトップジャーナルに投稿されている点を指摘する。サプライチェーンの自国回帰も、米中対立の中でこれから俎上に載ることが増えるであろうが、「すべての卵を同じ籠に入れる」愚は避けつつ、集中と分散の両立を図り、したたかな第三の道を探るしかないと論じる。

 

最後に、これからのパンデミックに対するガバナンス体制について、中央政府と地方自治体とのあいだで、集中と分散を適切に使い分ける必要があり、ドイツのように地方にしかるべき権力を与えたうえで、国も責務を果たしていくかたちが一つのモデルになりうるとし、今回のパンデミックを契機にそうした議論を進めるべきではないか、との問題提起をしている。

 

 

■『文藝春秋』6月号、総力特集202頁緊急事態を超えて

「ウイルスVS.日本人」

山中伸弥 京都大学iPS細胞研究所所長 × 橋下徹 元大阪府知事・弁護士

 

山中氏は、コロナウイルスとの闘いは長いマラソンであり、しばらくは全力疾走、その後は持久走への準備が求められると説く。ワクチン開発は少なくとも一年はかかる見込みであり、また、外国のものは供給の遅れや高価格の恐れがあるので、国産のワクチンと治療薬の開発に産官学が全力で取り組むべきであると強調する。

 

山中氏は、日本の感染拡大が欧米に比べて緩やかなのは、「ファクターX」とも呼ぶべき何かの理由があるからだと確信する。ファクターXには多くの可能性があり、日本人の清潔意識や文化的な要素かも知れず、BCGワクチンが感染や感染後の重症化を防いでいるとの見方もあるし、また日本人の多くはすでに新型ウイルスの免疫を獲得しているとの仮説もあるといい、このファクターXが分かれば、新型コロナとの向き合い方は確実に変わってくるはずだと語る。

 

橋下氏は、今は、人びとの外出自粛を強く求め、休業要請も行うなど、自由市場の一部停止状況であり、政治はコストや市場を気にせず、犠牲になる人には資金を大いに投じて救うべく休業要請と補償はワンセットであるべきだと主張する。ウイルスとの戦争には戦時国債を出して戦っていき、「勝ったら万々歳、万が一負けたら、焼け野原から国民皆で一からやり直す。政治家はそのくらいの覚悟を持って、この新型ウイルスに立ち向かってほしい」と檄を飛ばす。

 

山中氏も、このような事態の対策としては、「やり過ぎ」「不十分」「ちょうどいい」の三つがあるが、「ちょうどいい」を狙うのは難しく、どちらかで失敗するとしたら、「やり過ぎ」のほうが良く、やり過ぎの失敗はあとからカバーできるという。不十分を選んで医療崩壊を起こし、死体がゴロゴロ転がる状況になれば取り返しがつかないと警告する。

 

 

■『中央公論』6月号、【特集】脱・コロナ恐慌〈世界の変容〉

「ポスト・コロナの世界を予見する―国内の行政権が強まりグローバリズムは後退する」

佐藤優 作家・元外務省主任分析官

佐藤氏は、日本でも、法律や条例で人の移動を規制することは理論的に可能なはずなのに、政府も都道府県もそれをしない理由は、第一に、違憲訴訟を起こす人が出てきて対応に追われること、第二に、自粛を呼びかければ、法律や条例に相当する効果があるから、と論じる。現状では、行政府による自粛要請は必要であるが、その過程で無意識のうちに行政府が司法と立法府に対して優位になる可能性があり、それは国家による国民の監視と統制の強化に直結するという。

 

コロナ後の世界は大きく変化し、従来の国際協調体制を維持できなくなるが、それがどのような世界になるかについて語れる人は誰もいないと嘆じる。今回の脅威が去っても、未知の感染症に脅かされる可能性は常にあり、国家はAI技術を駆使して、国民に対する監視を強めると見る。また、人々の関心は、本当の幸せ、人間の生死、人生の意味というような人間の内面に向けられ、哲学や宗教への関心が強まると洞察する

 

 

※このページは、公益財団法人フォーリン・プレスセンターが独自に作成しており、政府やその他の団体の見解を示すものではありません。

 

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