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今月の雑誌から:米中覇権争い - 地経学の時代

投稿日 : 2020年02月26日

米中貿易紛争は、昨2019年12月に、貿易協議の「第1段階」で合意が発表され一段落したかに見えるが、主要雑誌の最新号は、米中対立はまだまだ根深く、今後長期にわたって続くと見る論文を多数掲載している。特に、ファーウエイをめぐる対立に見られるような先端技術や安全保障関連技術の分野での覇権闘争は今後一段と激しさを増すとの見方が強い。

 

他方、このまま米中経済の「デカップリング」(分断)が進んで対立する経済圏が登場するかについては、すでに米中間の相互依存関係が深く入り組んでいることから現実的ではなく、むしろ米国は、安全保障に直結する機微な技術の分野を特定して中国に対し「部分的な分離」戦略を進めるとの見方が紹介されている。地政学的な目的のために経済を手段として使う「地経学」の時代が到来したと言われる。

 

 

  『文藝春秋』3月号、「新世界地政学 - 地経学の時代」 

  ジャーナリスト 船橋洋一氏


船橋氏は、米中貿易戦争はとりあえず休戦であるものの、半導体、AI、量子コンピューティング、バイオといった戦略技術を巡る両国の技術覇権闘争は、今後一段と激しさを増すほか、金融・投資・通貨といったマネーも米中の“争覇”の渦に巻き込まれると見る。「米中の“争覇”が、経済相互依存の武器化を生み出し、グローバル・サプライ・チェーンのデカップリング(断絶)のリスクを生じさせている」、「勢力均衡を図るために経済力を用い、抑止力を構築するのに経済力を組み込む。軍事力より経済制裁を発動する、そのような動きが広がっている」と分析して、地政学的な目的のために経済を手段として使う「地経学」の時代が到来したと見る。

 

同氏は、2020年代は、次の4つのメガ地経学的挑戦に直面する可能性があると指摘する。


第一に、AI、ブロックチェーン、ビッグデータ、バイオとこれらの分野での中国の専制体制下のイリベラル・イノベーションが中国を技術大国に押し上げる。

第二に、中国マネーが裏打ちする「一帯一路」によって、ユーラシアとアフリカにおける中国の勢力圏が拡大する。

第三に、気候変動がさらに悪化すると、世界の国々を「勝ち組」と「負け組」に分かち、世界の安定を脅かす。

第四に、米国主導の国際秩序の崩壊が加速化する。ルールと国際秩序に代わって、むき出しのパワーが支配しつつある。

 

日本は、米中双方への貿易依存が大きいだけに、米中がデカプリングすると股裂き状態に追いやられ、ビッグデータ競争で落後するおそれがある、と船橋氏は警告する。

 

 

VOICE』3月号、「アジアに自由圏を創設せよ 膨張する中国とどう向き合うべきか」

   兼原信克・前国家安全保障局次長(聞き手:金子将史・政策シンクタンクPHP総研代表・研究主幹)


兼原氏は、米中対立は、いずれかがピークアウトするまでの長期戦になれば米国に勝機があると見る。米国は、移民のバイタリティー、科学技術、エネルギー資源などの優れた面があるのに対し、中国は少子高齢化が進み、2040~50年の間にピークアウトすると見られていると指摘する。

 

データ経済では、権威主義体制の中国のほうが日米よりも有利ではないかと、との問いかけに対し同氏は、ネットワークを光ファイバーで結ぶハードの分野では、日米仏が先行しているほか、半導体設計技術は、米英日が現時点では押さえていると答えている。

 

米中の狭間に立つ日本の役割について、兼原氏は、「まずは日本がアメリカに軸足を置いていることを明確にし続けるべきです。中国の基本方針は日米離間とわかりやすく、米中関係が良好なときは日本を叩き、米中関係が軋むと日本に接近してくる」と語る。

 

加えて、同氏は、ASEAN諸国の外交の基本姿勢は中立志向であるものの、中国の存在が大きくなりすぎてこのままでは飲み込まれてしまうとの懸念から日本が主導してアメリカを東南アジアに関与させる必要がある、と強調する。「日本がASEAN地域をいかにリードするかで、向こう半世紀のアジアの命運が決まる、と言っても過言ではない」と締めくくっている。

 

 

  『外交』/2月号、「2020年の日本外交―多角的国際秩序の紐帯たらん」

   特別対談: 茂木敏充・外務大臣、田中明彦・政策研究大学院大学学長

 

茂木氏は、世界経済に占めるきわめて大きな割合に照らして、米国および中国抜きの貿易秩序はありえず、様々なルール作りに両国の積極的な関与を促すことがたいへん重要であり、日本としては、質の高い自由貿易網に米中を巻き込むための働きかけを今後も続けていきたいと語る。

 

田中氏は、米中の対立が長期化しており、貿易協議の「第一段階」に合意したとはいえ、今後も引き続き難しい局面を迎えると見る。世界におけるバリューチェーンが昨年半ば頃から再編が進んでおり、さらに、先端技術や安全保障に関係する技術分野へと、紛争の範囲が広がっていると指摘する。

 

茂木氏は、これからの経済社会や国民生活を本質的に変化させるような技術革新が今まさに進行しているAI、ロボット、IOT、量子技術などでも米中間での競争が熾烈さを増しており、重要なのは、技術の開発・流通に関して透明性のある共通のルールを整備し、そのうえで様々な技術の活用を可能にするような体制を作ることだと提言する。これは、WTO改革ともつながる課題であり、日本が中心的な役割を担う必要があると考えていると語る。

 

 

『外交』1/2月号、「長期化する米中対立がサプライチェーンに落とす影」  

  古城佳子・東京大学教授


古城氏は、収束したとは言えない米中対立が今後も続くと予想する理由としは、今回の合意はあくまでも「第一段階」の合意にすぎず、多くの課題が残ったままであること、さらに、米国が要求してきた中国の構造改革がある程度実施されるまでは米国の一方的措置が継続するとみられることを挙げている。

 

米中対立が今後も長期化し中国の経済成長が減速すると、中国から東南アジアやインドへの生産拠点の移転が加速すると見る。トランプ政権は、サプライチェーンについて安全保障の観点からの規制を設けようとしているほか、輸出管理と投資規制を強化していると指摘する。米国政府機関が、ファーウエィ、ZTE、監視カメラ大手企業などの中国五社から製品を調達することを禁止し、五社の製品を使う企業との取引も打ち切ることを決めた。これらの関連法が制定された背景には、民生用と軍事用の技術の区別がつきにくくなっており、米国の安全保障にとって重要な技術が国外、特に中国に流出することをより厳格に管理する狙いがあると分析する。ただし、国内だけでなく国境を越えてサプライチェーンが存在する現在、米国だけが厳格な規制を設けることが米国産業の競争力を減じるという懸念もあると付言する。

 

米中がそれぞれの技術に基づいた経済圏を構築することは、米国経済基盤の優位性、中国の経済成長の鈍化などを考慮すると、中国市場の構造改革が進まないうちは起こらないだろうと予測する。しかし、米中の間での政治と経済の対立の激化は世界経済にとって望ましくないだけでなく、WTO体制を壊す危険性をはらんでいると結んでいる。

 

 

『中央公論』3月号、「米中技術覇権で問われる『アクセス天国・日本』の対応」 

  細川昌彦・中部大学特任教授


細川氏は、トランプ大統領による関税合戦は、米中対立の表層部分にすぎず、“オール・ワシントン”(米議会などワシントンの政策コミュニティ)による対中技術覇権争いという「深層部分」の対立は、根深く、着実に激化しており、中長期的に続くと見る。中国は、軍事力の高度化と一体となった世界最強の製造強国を目指しており、米国は、そうした中国に対して技術優位を失うと安全保障上の重大リスクになるとの厳しい認識だと指摘する。

 

中国が戦略的に自給率を高めるのは、半導体、ロボット、大型航空機、情報システム、通信インフラ、デジタル通貨などがあり、安全保障の根幹にかかわる経済分野において、米中それぞれが相手国からの依存脱却に躍起になっていると見る。今、ワシントンでは、米中間の「部分的な分離」がキーワードであるという。

 

グローバルな相互依存の経済構造が出来上がっている現在、経済全般の「分断(デカップリング)」は不可能で非現実的であるが、安全保障に直結する機微な技術の分野を特定して部分的に中国を分離していこうとするのが、米国が指向する「部分的な分離」戦略であるという。

 

米国は、機微な技術については、軍民を問わず中国への流失を阻止するというアプローチをとりつつあり、輸出管理は、中国を念頭に置いた「新型・対中ココム」へと変貌しようとしていると見る。そして、米国だけが独自に規制しても効果が限定されるので、同盟国との国際連携、日本にも同調を求める動きが出ると見込む。こうした状況で、日本が技術流出の“抜け穴”になることは許されず、投資管理と輸出管理からなる「技術管理」を強化する制度整備が重要であるほか、企業や大学も情報セキュリティという技術管理が急務だと提唱している。

 

 

※このページは、公益財団法人フォーリン・プレスセンターが独自に作成しており、政府やその他の団体の見解を示すものではありません。       

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