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安倍元首相銃撃死去 ~影響力ある史上最長在任首相が残した複雑なレガシー~

投稿日 : 2022年08月30日

注目すべき海外メディアの日本報道(論調分析)


安倍元首相銃撃死去 

~影響力ある史上最長在任首相が残した複雑なレガシー~

(2022年7月8日~29日)


出典:首相官邸ホームページ(http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201909/19rugbyparty.html


 

1. はじめに


「岸田政権の真価が問われる」とされた参院選を目前に控えた202278日、日本に激震が走った。遊説のため奈良に赴いた安倍元首相が街頭演説中に銃撃され急逝した。在日主要外国メディアは事件発生から、各社電子版サイトを駆使したライブ報道で事件の経過と突然の訃報をリアルタイムで伝えるとともに、追悼記事も掲載し、総理大臣として憲政史上最長在任記録を打ち立てた安倍氏の功績を即日で報じた。

 

フォーリン・プレスセンターでは、本件に関し、日本に支局を置く米国、英国の主要メディア10社による報道振り(各社電子版サイトに掲載された記事)について、事件発生から参議院選挙を経て、国葬が決定されるまでの3週間に亘り確認したところ、その間に当センターが把握した主な関連報道の総数は150件ほどに及んだ。

 

各メディアとも当初は電子版トップページに見出しや画像(銃撃直後の横たわる安倍氏等)を掲載し、事件の事実関係を伝える報道では、経過や発生の背景とともに、銃撃犯の人物像、凶器(手製銃)、安全で銃規制の厳しい日本における稀な銃撃事件、要人警護の不備などに焦点があてられた。加えて、概ね全てのメディアによる訃報記事、さらに主要紙を中心に複数の社説や論評が掲載され、安倍元首相が精力的に推し進めた経済および外交防衛分野における改革と成果、レガシー、それらに対する評価について論じられるとともに、世界の指導層や各界要人から弔意と共に、安倍氏の功績を称賛する言葉が多数紹介された。

 

在日外国メディアの某記者によれば、これら安倍氏の評価やレガシーに関する記事は、その多くが20209月の同首相辞任の際に自社で作成、掲載した記事も参考にしているということであった。本「注目の日本報道」ページにおいても当時の関連報道を取りまとめて概要を紹介している。ここでは、それらも参照しつつ、今回確認された在日外国メディア10社による報道のなかから特に訃報、および社説、論評記事に着目し、安倍氏の評価やレガシーについて在日外国メディアがどのような視点、論点で報じたのか考察する。

 

 

2. 主たる論調


【総括的気づきの点】

概ねすべてのメディアが、憲政史上最長を記録した総理大臣としての在任期間の長さや、結党以来ほぼ一党支配を続ける自民党の最大派閥の長としての影響力の大きさに着目しつつ、その政治的遺産として、安倍氏が着想し提唱した中国抑止の試みと民主主義の擁護を掲げる「自由で開かれたインド太平洋」、長期停滞と低成長を続ける日本経済を再浮上させた「アベノミクス」、「戦後レジームからの脱却」を目指す原点としての「憲法改正」に焦点をあて様々な角度から評価、検証している。

 

他方、急逝した安倍氏に関する内外メディアの一連の報道が多少過熱気味であった点は否めない。一部には、故人に対して過剰なまでに敬意を払い、抑制的で、聖人のような扱いは留意すべきであると冷静に釘をさす論調もみられた。さらに、母親が献金により家庭を崩壊させたとして銃撃犯が恨みをもつ旧統一教会と安倍元首相との繋がりにも焦点があてられ、銃撃事件をきっかけに明るみに出た政治と宗教団体との密接な関係について再検証する報道がなされた。

 

 

【個別論調】


■日本で最も長く在任し、最も影響力のある首相

 

(1)総理大臣として憲政史上最長在任という記録を打ち立てたことについて、短命の首相交代が繰り返される日本でほぼ8年にわたる在職は顕著な功績(米New York Times紙)だと評するとともに、対外的にも、G7G20など主要国の首脳会合における「重鎮」的存在(英Financial Times紙)であったとして、最長在任を高く評価する論調が目立った。長期政権を可能にした背景については、党内外の対立軸の不在、すなわち、混迷する野党の対抗勢力としての無力さに加え、安倍氏が反対勢力としての党内派閥をも牛耳る政治力を有した点などが指摘された(英Guardian紙)。また、長期在任期間は政治に安定をもたらした一方で、官邸主導が強まり官僚やメディアがコントロールされ、その結果、報道の自由に関する指標で日本の順位が低下した(英The Times紙)ことが取り上げられるなど、厳しい見方も示された。

 

(2)安倍氏の影響力については、退任後も最大派閥の長として党内人事をはじめ、あらゆる面で権力を掌握する「影の将軍」(米Washington Post紙)と喩えられるとともに、内外の世論を二分する(polarizing)同氏の政治信条に焦点が当てられ、保守的な国家主義者、歴史修正主義者、世界の変化に対応する現実主義者、実践主義者などと表現され、論争を巻き起こしたが、健全な議論も発展したとの声も紹介された。また、安倍氏の影響力を排除することよりむしろ安倍氏の死が日本に与えた衝撃からの影響をどう処理するか岸田首相の手腕が試される(英The Economist紙)とも論じられた。

 

 

■安倍元首相の「相当で複雑」な遺産-自由で開かれたインド太平洋、アベノミクス

 

(1)在任中に80を超える国々を歴訪した安倍氏の「プロアクティブ」な外交政策については、国際社会における日本の存在感と日本に対する期待感を高めたとして一際高い評価を得ている。なかでも自ら考案し立ち上げた「自由で開かれたインド太平洋」構想は、台頭する中国の脅威に連携して対峙しアジアの安全保障を再構築する「地政学的遺産」(英The Economist紙)であり、米国の新たなアジア戦略の基軸となっていると論じられた。さらに、安倍氏は中国に対し懐疑的な保守の姿勢を取りつつ貿易相手としての実利を重視して接する(米Bloomberg News)一方で、米中覇権争いに距離を置く東南アジア諸国と経済・技術協力を通じて結びつきを深化させ、アジアひいては世界における日本の地位を明らかに向上させた(英The Economist紙)との分析もあった。

 

(2)長く低金利、低インフレ、低成長に留まる日本経済の再生をはかる「アベノミクス」は様々な成果を挙げたが、その評価はまだら模様である。政府・日銀が推進してきた大胆な金融緩和策により株式・不動産市場が再浮上し、雇用環境の大幅な改善が促された(米Wall Street Journal紙)とする一方で、脱デフレへの道筋をつけたものの、2%インフレ目標達成や賃金上昇、女性管理職の増加といった公約を果たすことはできなかったとの論調が大方を占める。なかには、官邸主導による株式市場の活性化に疑問を呈し、結果として日本の個人投資家の割合が減少したことを捉えて「最大の失策」(英Financial Times紙)だとする厳しい指摘もみられた。他方、株主や投資家を重視する方向へと日本企業の統治改革が進むなか円安が追い風となって、企業収益が過去最高水準を記録した点を評価するとともに、「成長と分配」に重点をおく「新しい資本主義」を掲げる岸田首相が賃上げを適切に実施すれば「アベノミクス」の成果が高進すると説く論説(英The Economist紙)もみられた。

 

 

■安倍氏が描いた日本のビジョンと「憲法改正」

 

(1)自身の祖父である岸信介元首相から受け継ぎ、最大の目標としていた「憲法改正」の実現は道半ばとなったが、2015年、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認した安全保障法案(平和安全法制)を成立させたことは、平和憲法を堅持してきた戦後70年における大きな転換点(米CNN)となり、批判に怯むことなく「戦後平和主義からの脱却」という信念のもと首相としての使命を果たした(米New York Times紙)として高く評価されている。また、この根底にあるのは、「世界で自己主張する日本になる」という安倍氏が描くビジョンであり、そのためには安全保障を米国に依存する体質を変え、対等な同盟国として共に戦う道を開かねばならないと考えたのであり、平和憲法の束縛を解くためで、好戦的な感情はなかった(英The Economist紙)と分析されている。

 

(2)そして、参院選における自民党の圧倒的な勝利や憲法改正を支持する維新の会が大幅に議席数を伸ばしたことで、憲法改正の実現が現実味を帯びてきた(米Wall Street Journal紙、英BBC)とする見方が示される一方で、岸田首相は世論や近隣国への配慮から採決を強行せずに安倍氏が敷いた道を着実に進むだろう(英The Economist紙)と論じられた。

 

(了)

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