実施日 : 2017年11月29日
報告:京都大学プレスツアー ~世界をリードする京大霊長類研究所~
投稿日 : 2017年12月19日
2017年11月29日(水)、京都大学霊長類研究所へのプレスツアーを実施しました。同日未明の北朝鮮による弾道ミサイル発射の影響で4名の記者がキャンセルとなり、韓国、中国、香港、フランス、ドイツのメディアから6人が参加しました。
※本プレスツアーは、京都大学主催、フォーリン・プレスセンターの協力で行われました。
※ツアー案内はこちら。
霊長類研究を通じて「人間とは何か」を探る
霊長類研究所(以下、霊長研)は、名古屋から電車で30分の愛知県犬山市にあります。今年創立50周年を迎え、現在は13種、1,200個体もの霊長類が暮らしています。
記者団を迎えた湯本貴和所長は、「日本にはニホンザルが生息し、日本人にとってサルは身近な存在。それが、日本で霊長類研究が始まり、その分野の研究で世界をリードしてきた背景です」と挨拶。人間とは何者なのかを明らかにするという研究所のミッションを説明した上で、研究所の研究分野などについて説明しました。
湯本所長は、餌付けや個体識別といった当時としてはユニークな手法による研究の成果として、宮崎県の幸島のニホンザルの「芋洗い行動」も紹介。一匹のサルが「発明」した海水で芋を洗うという行動が群れの他の個体に伝播する過程を明らかにしたもので、それは「文化」と捉えることができます。「文化」は人間固有のものだとの風潮の中で、大きな衝撃を与えたと紹介しました。
チンパンジーが瞬時に数字を覚える能力は人間を超える
続いて登壇したのは、「アイ・プロジェクト」と呼ばれる、アイを研究パートナーにしたチンパンジーの知性の研究で知られる松沢哲郎高等研究院副院長・特別教授。
松沢教授は、コンピュータのモニター画面に約0.2秒表示される一連の数字をチンパンジーが一瞬で記憶できる様子を映した映像を見せながら、「こんなことができる人間はいない。できるのはチンパンジーだけだ。これまで、チンパンジーが手話を覚えても、楽器を演奏しても、絵を描いても、それは『人間にもできること』の一部だった。しかし我々は初めて、チンパンジーの方が人間よりも優れているものがあると証明した。これは、私たちの成果で最も重要なものだ」と説明しました。
松沢教授は、フィールドでのチンパンジーの生態についても紹介。チンパンジーが一組の石を使ってアブラヤシを叩き割って食べる映像を見せながら、大人が子どもにやり方を教えることはなく、子どもが大人のやり方を真似ることで学ぶという、チンパンジーにおける知識の習得のあり方を説明しました。松沢教授がチンパンジーの音声コミュニケーション能力について説明し、「ホーフホフホフホフホフ、ホフホフホフホフ、ホゥオー!」というチンパンジー同士の挨拶を披露すると、記者団からは驚きの声があがりました。
タワー形式のチンパンジーの野外放飼場を見学後、友永雅己教授らの案内で、松沢教授から説明のあったチンパンジーの短期記憶能力に関する実験を見学しました。記者たちは、チンパンジーが人間には到底できない課題を楽々とこなす様子に感嘆しつつ、その様子をカメラにおさめました。
記者からは、個体による正解率や学習スピードの違い、チンパンジーが自主的に実験に参加する動機、今後の研究の課題など様々な質問があり、中には昼食時間になっても若手研究者に質問を続ける記者もいました。
メスが主導するボノボの平和な社会
午後は、霊長研で行われているさまざまな調査研究の中から、古市剛史教授がボノボとチンパンジーの社会構造について、今井啓雄准教授が霊長類の味覚について、それぞれ紹介しました。
古市教授は、アフリカの熱帯雨林地帯にあるボノボの調査地をスライドで紹介した後、チンパンジーはメスを巡ってオス同士が争い、集団内・集団間での殺し合いがよく見られるが、ボノボではそのような争いがほとんどなく平和的だと説明しました。古市教授によれば、ボノボの場合、進化の中でメスが妊娠に結びつかない「ニセの発情」を持つようになったことで、より多くのオスに交尾の機会を与え、交尾相手の選択の実権を握っています。それにより、オス同士の抗争を抑制するとともに、集団の中心でイニシアティブさえとっています。
古市教授は、社会のイニシアティブをオスとメスのどちらがとるかで、社会はまったく異なると説明。人間への示唆として、「私たちの社会が攻撃性をコントロールし、平和な方向に向かうには、女性がどれだけイニシアチブを持っていくかが重要だ」と述べました。
記者からは、アフリカの原住民とボノボの関係、ボノボとチンパンジーとではどちらがより人間に近いか、ボノボの生態について今後明らかにしたいことは何かなどについて質問があがりました。
ニホンザルは苦味に鈍感で甘味に敏感
ニホンザルは、食料の乏しい冬、苦くて人間にはとても食べられない樹皮を食べて生存しています。これには、樹皮に含まれる苦味物質に彼らが鈍感であることが影響しています。
今井准教授は、試験管内の味覚受容体細胞が甘味や苦味にどう反応するかの実験と、味をつけた水や食物をサルに与えたときの反応を測定する行動実験の両面から、霊長類の味覚を研究しています。
今井准教授によれば、それらの研究により、ニホンザルがヒトよりも苦味には鈍感であり、甘みにはより敏感であることなどが分かってきました。今井准教授は、「こういった実験を通じて、ヒトとサルの感覚がどう違うのか、それが進化的にどういう意味があるのかなどをさらに調べていきたい」と述べました。
例として、苦味物質フェニルチオ尿素(PTC)に対する種ごと・個体群ごとの反応の違いについても紹介。ヒトの中でも味覚反応には人種による違いがあり、東洋人で10%、西洋人では30%がPTCの苦味を感じないことが紹介されました。実際に記者たちにもPTC試験紙が配られ、テストしたところ6名のうちフランスと香港の記者の2名が苦味を感じないという結果でした。
記者からは、人種によるPTCの味覚反応の違いの理由、四川料理のように辛い食べ物を好む民族がいることと進化の関係、厳しい生活環境から飼育下に入ったサルの味覚受容体の変化など、さまざまな質問がありました。
すべての取材後には、霊長研で研究している中国とフランスの研究者に対して、各国記者から個別インタビューも行われました。
★本プレスツアーに関連する報道の一部をご紹介します★
(タイトルはFPCJ仮訳)
新華網(中国/通信社)
12月3日 「通讯:探索人类起源与进化之路——访日本京都大学灵长类研究所(人類の起源と進化の道を探る―― 日本京都大学霊長類研究所を探訪する)」
東亜日報(韓国/新聞)
12月4日 「日 침팬지, 숫자 기억서 인간에 완승(日本のチンパンジー、数字の記憶テストで、人間に完勝)」
12月14日 「한반도에서 원숭이가 사라진 이유(朝鮮半島からサルが消えた理由)」
EPA通信(ドイツ/写真通信社)