実施日 : 2011年11月08日
報告(プレス・ブリーフィング):日本農業の真実(2011年11月8日)
投稿日 : 2013年08月21日
生源寺眞一・名古屋大学大学院生命農学研究科教授をお招きし、「日本農業の真実」のテーマでお話しいただきました。参加者は、外国プレス8名を含む計29名でした。
生源寺教授は、「TPP交渉参加をめぐる、特に経済界と農業界の間の対立がピークに達しているが、不幸な事態だ。日本の農業は、社会の基本的なインフラである食料の安定供給を担い、また経済の主要産業である食品産業に安心安全な素材を提供しており、一方、日本の農産物を支える日本の消費者の購買力の源泉は元気な日本の経済だ。農業界と経済界はお互いを必要としているのであり、現在のような不幸な対立の構図をできるだけ早く解消し、冷静な議論を回復することが重要だ」と述べた上で、以下のような点を中心にお話しされました。
・与党民主党は農政に対する党内コンセンサスが弱く、同じ民主党政権でも当初の鳩山政権の農政への姿勢と、農業の競争力強化を強調する菅政権や野田政権との間には大きなギャップがある。揺れる農政は、いまや農業の最大のリスク要因となっている。
・高度成長期以降、施設園芸や畜産に代表される集約型農業の分野では、経済成長とともに増加する青果物や畜産物の国内需要に応えて生産を拡大し、他産業従事者と比べて遜色のない所得を生む農業経営への脱皮に成功してきた。
・他方、水田農業に代表される土地利用型農業の経営規模は拡大が進まず、水田農業地帯では、小規模な耕作を維持しながら農外の仕事を中心に生活する兼業農家が一般的だ。しかし、兼業農家の農作業を支え続けてきた人々の高齢化により水田地帯の農業は急速に人手不足に陥る可能性があり、これは規模拡大によるコストダウンを図る好機でもある。現状で平均1.5haにとどまっている経営規模を10~20haに拡大させることが一つの目安になる。
・日本のような高所得の社会では、特に土地利用型農業ではある程度の面積を確保すると同時に、経営の厚みを増す戦略も大切だ。一つは、施設園芸や高級果樹生産などの集約型農業と土地利用型農業とを組み合わせること。もう一つは、農業の川下にある食品産業(食品加工・食品流通・外食)を取り込むこと。農業と水産業は日本の飲食費の総消費額(80兆円、2000年度)の2割以下しか取り込めておらず、川下には大きなチャンスが存在する。
・国際環境に対する農業の適応力を規定するのは、農業そのものの力と同時に、国際環境の影響を緩和しつつ競争力水準の向上にも資する農政の力。農政の今後の最大の論点は、価格を維持する消費者負担型の農政から、農産物価格の低下を直接支払いで補填する財政(納税者)負担型農政への転換だ。
・その転換は簡単ではないが、日本国民が直接支払いへの財源支出に同意するには、農産物価格の引き下げが消費者の利益になること、中長期的に国民負担の軽減に結びつく農業改革への理解の増進がポイントとなる。また、関税引き下げによる農産物価格の低下が直接支払いで補填されるなら農業生産者は従前通りの所得を維持できるが、農産物の流通ビジネス、特に農協のビジネスのボリュームは圧縮される。農業者の利害と農協の利害が必ずしも重ならないことに留意が必要だ。
・WTOのドーハラウンドは現在膠着状態だが、直接支払いのような政策を設計していくとすると、WTOの協定のうち、生産刺激的な助成策を基本的に禁じている「黄色の政策」との整合性が問題になる可能性がある。この点で、ミニマムの供給力を確保するための農業保護政策とそれを超えた過剰な保護政策とは区別すべきであり、ミニマムの供給力の範囲であれば生産刺激的な農業支援策も認められてよいのではないか、というのが私の立場。TPP交渉参加の結論は分からないが、場合によっては、国際的な貿易ルールの改善の働きかけを行う必要も出てくるだろう。
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