元陸上選手 為末大氏:「社会の問題をスポーツで解決したい」【1】
投稿日 : 2016年03月03日
世界選手権のトラック種目で日本人初となるメダルを獲得し、400mハードルでシドニー、アテネ、北京の3度のオリンピックに出場した“侍ハードラー”、為末大氏。2012年の引退後は、「スポーツで社会の問題をどう解決できるか」を模索しながら、幅広い活躍を続けている。フォーリン・プレスセンターでは、スポーツが社会で果たす役割や、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに期待することなどについて、為末氏にインタビューした。第1回は、為末氏の情報発信や、引退後の活動について伺った。
~ 社会の問題をスポーツで解決したい ~
フォーリン・プレスセンター(以下、FPCJ):2012年に引退されるまでの25年にわたる競技生活を、ご著書やSNSで紹介されています。アスリートの哲学などを積極的に発信する動機や目的をお聞かせください。
為末大氏: 僕は子供のころ新聞記者になりたかったので、「発信する」とか、「知る」ということが好きなのだと思います。メディアとは少し違いますが、パラリンピックの取材に行って、それをブログに書いたり、テレビで発信したり。いろんなことが複合的に混ざってはいますが、メディアにかなり近い活動だと思います。きっかけは、陸上関連の雑誌に文章を寄稿したことです。それまで文章を書くという経験はなかったのですが、その編集長に文章を褒めてもらい、それ以来書き続けています。
僕自身のブログは、スポーツ選手としては早い2003年頃に始めました。2010年頃にSNSが出てきた時、直感的に「活字に落とす、という能力の価値がすごく高くなるのではないか」と思い、書くトレーニングをしたのも大きかったと感じます。
FPCJ:引退後、アスリート同士の交流や、スポーツ選手が社会とつながる機会を提供する一般社団法人アスリートソサエティの創立メンバーに加わりました。どのような活動をされているのでしょうか。
為末大氏: この活動は、現役引退前に生活していたアメリカ・サンディエゴでの、あるNPOの方との出会いがきっかけになっています。英語を話さない移民が8割を占める貧困地域に畑を作り、共同作業をすることで、問題が絶えなかった住民間の関係を改善しようと活動されていました。その方が、「(コミュニティの改善には)畑の次にスポーツがよい」と話していたんです。
僕はその時まで、「トップ選手がメダルを取る以外のスポーツ」には、あまり興味を持っていませんでした。そこで「社会の問題をスポーツでどう解決するか」という観点に初めて気づいたのです。さらに調べてみると、「スポーツ外交」や「スポーツによる教育」といった観点もあることがわかりました。それで、引退するときに「社会の問題をスポーツで解決することを仕事にできないか」と、ぼんやり考えたわけです。アスリートソサエティでは当初、選手を集めて勉強会などを開催していたのですが、今は社会の問題の中で、スポーツで解決できそうなものにアプローチしています。
FPCJ:この活動の一環として、ブータンスポーツ親善大使に就任されています。
為末大氏:僕がたまたまブータンに行ったことから関係が始まりました。ブータンのオリンピック委員会と契約を結び、年に2回ほど陸上を教えに行くほか、日本からの観光をプロモーションする仕事もしています。
ブータンは、超トップ選手を育成することで、「スポーツを広げて教育に役立てたい」との思いが強いようですね。最近は、外国からドラッグなども入ってくるのですが、子供たちがスポーツをすると、時間的な制限ができて道を外れにくくなるということで、スポーツの教育的な役割を期待されています。
~ スポーツを通して考える 少子高齢化社会 ~
FPCJ:その他にも、合宿事業を手がける株式会社R. Projectの取締役として、地方の廃校の利用にも関わられています。
為末大氏: 社会には様々なテーマがあり、一人では取り上げきれません。原宿にある僕のオフィスを核にして、元スポーツ選手たちが自由に集まって起業しようというのが始まりでした。R.Projectは、元スカッシュ選手が展開する不動産の利活用のモデルです。たとえば、富士山に近い山梨県・本栖湖の廃校を合宿施設として利活用しています。東京には練習する場所がない一方で、地方は人口減で廃校が増えています。廃校には、グラウンド、体育館、プールがあり、スポーツの合宿には最適。校舎を宿泊施設にすれば目の前にグランドがあるので、お客さんへのアンケートでも「近さ」という面で好評です。合宿事業の売り上げの9割がスポーツですね。
このほかにも、日本橋の問屋街の問屋のビルを宿泊所に変えて、外国人のバックパッカー用の宿泊施設にするなど、ユニークな事業を展開しています。
FPCJ: 為末さんは、高齢化社会の問題解決策の一つとして、小、中、高校や大学といった教育施設を高齢者に解放すべきだとのお考えをお持ちとのことですが、高齢化社会でスポーツが果たせる役割についてどうお考えでしょうか。
為末大氏: 高齢化社会の問題は、日本が抱える最大のものであり、近い将来、世界中が直面する課題です。これをスポーツでどうやって解決していくのか。僕は、本質的にはスポーツから生まれるコミュニティの形成だと思います。
子供達のサッカー大会のために高齢者がお手伝いなどをして、コミュニティが形成される。結果として、高齢者は家の外に出ることになり、何かあった際の防災・防犯のネットワークができる。高齢者社会、高齢の方が一定以上いる地域の問題をソフト面で解決するときに、スポーツは非常にいい使い道ではないかと思っています。
【第2回に続く】
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為末大氏プロフィール
1978年、広島県生まれ。2001年エドモントン、2005年ヘルシンキの両世界選手権において、400mハードルで銅メダルを獲得し、世界大会のトラック種目で初のメダルを日本にもたらす。オリンピックは、シドニー、アテネ、北京の3大会に出場。2012年に現役を引退した後は、スポーツ、社会、教育、研究開発など、多岐にわたる分野で活躍している。
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