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新潟県立大学長 猪口孝:「日本の環境汚染と問題解決と地方の環境問題への取り組み」 【1】

投稿日 : 2015年02月02日

猪口氏持続的な成長をいかに実現していくかを問われている日本は、「人口減少」「省エネルギー」「年金・医療制度の維持」など様々な課題に直面しています。これらの課題の深層に迫る、当センターのインタビュー連載第2回目では、新潟県立大学の猪口孝学長に「日本の環境汚染と問題解決」「地方の環境問題への取り組み」などについて伺いました。

猪口氏は政治学、国際関係論が専門で、東京大学名誉教授も務められています。「現代日本外交――世紀末変動の中で」(筑摩書房)、「現代日本政治の基層」(NTT出版)、「データから読むアジアの幸福度」(岩波書店)「Cities and the Environment」(国連大学出版会)など多数の著書があります。

 

 

 

        猪口孝新潟県立大学学長

 

Q:日本人の環境とのかかわりについて伺いたいと思います。

 

A:日本の地形は特殊で、山や海が迫っているうえ、川の流れも速い。そのために、各地方は様々な苦労してきました。江戸時代の17世紀末から19世紀初頭にかなりの人口増加がありましたが、これは山に植林をして洪水を防いだり、川が溢れても別のルートに流して分水したりしてきたからです。簡易な灌漑の施設を稲作用に作り、水をある程度上手に調整したことも大きいと思います。それによって栄養状態が向上し、寿命も50歳近くまで延びていったわけです。

女性が20代前半に結婚し、子供を生むというのが定常的になったのは18世紀くらいです。これは当時のヨーロッパと比べても、かなり早い。欧州では、黒チフスとか様々な病気で何百万人もが死亡するなど、定期的に出産するパターンが妨げられ、なかなか恒常的な家庭生活が確立できなかった。人口も長い間、安定しなかったのです。

日本では、その確立が意外に早くでき、それが経済活動を活発にし、技術も少しずつ進歩しました。環境をうまくコントロールするという意味では、稲作との関連が主ですが、かなり綿密にやろうとする意欲があった。その成果は18~19世紀にしっかりと出ていて、人口の増加に結びついたし、教育程度や識字率が非常に高いレベルになったことに繋がっています。

 

Q: 17、8世紀に、日本人が環境とのかかわりの中で培ったものが今、活かされているということでしょうか。

 

A:そうだと思います。欧米人の中には、環境は「対峙する」もの、「征服する」ものと考える人が多かったと思いますが、日本人の多数は、どうしたら環境と折り合えるかと考えます。山や川、嵐や風とのかかわり方をいろいろ考えてきたわけです。例えば、群馬県や栃木県では山から下りてくる風が強いので、住宅の周りを木で囲むようなことをしてきました。よほど大きな竜巻でなければ、被害を最小にしてきたのだと思います。

 

Q:50~70年代の日本の環境汚染は、現在の中国の環境汚染と同じほど深刻だったと捉えてよいでしょうか。

 

A:ある程度そうですね。もちろん、足尾銅山鉱毒事件や水俣病を引き起こすなど深刻な環境汚染が起こりましたが、環境汚染の問題は比較的、早期に解決したと思います。

中国の大気汚染の最大の原因は、石炭依存です。日本もある期間、石炭に依存しました。第二次大戦後、北九州などですさまじい環境汚染が起こりましたが、20年から30年くらいでエネルギーは石炭から石油へ一気に移行しました。しかし、石炭や石油といった日本のエネルギー資源は、どれをとっても量的に少ないため、日本人はエネルギーを倹約することに慣れていきました。そのことが、公害をさらに深刻化するのを防いだのではないかと思います。強い公害反対運動を受け、「公害はできるだけ出さない」というのが良い方向に働いたのも確かです。

中国では70年近く石炭を使用しているうえ、規模が大きい。環境汚染防止に対しての技術投資も少ない。この結果、中国全土で、深刻な大気汚染や水質汚染が起きています。

 

Q:地域の環境問題への取り組みについて伺います。新潟県立大学には「地域環境コース」がありますね。

 

A:新潟の経験から3点挙げます。第一は、信濃川や阿賀野川のような大きな河川をコントロールし、うまく稲作に使うことに取り組んできました。だから、コメの生産高が大きくなったのです。明治維新から日露戦争までは、新潟県の納税額が国内で最大だった。東京より高かったわけです。

第二に、公害ですね。阿賀野川の水俣病問題は、解決を見るまでに約30年を要しました。それを解決できたのは、反対運動の成果だと思います。

第三は、過疎地である佐渡で絶滅の危機に瀕していたトキの再生に成功したことです。佐渡の自然を守る――要するに、化学肥料や防虫剤の使用を最低限に抑え、小さな動物を食べて生きるトキの繁殖に成功してきています。野生で誕生したトキも30羽くらいになっています。

水や雪の管理が必要ですが、新潟は地域に根差した工夫が多いですね。例えば、新潟では、道路の真ん中から12~13℃の地下水が出るようにして消雪していますが、その技術も各国と共有したいですね。

 

Q:全国で様々な地域が環境問題に取り組んでいますが、どのような意義があるでしょうか。

 

A:大変大きな意義があると思います。環境汚染をなくすためには、一人一人の意識を高めるしかないのです。一人一人が危機感を持たない限り、工場排水汚染についての反対運動も強まりません。家庭からの排水による汚染も、誰かがいい加減にやっていれば、川は汚いままです。そういう点では、21世紀における人類の最優先課題は、環境だと思います。水や食料、大気をきちんとするのが、これからの大きな課題です。

 

-第2部につづく-

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