「オバマへの手紙」に込められたヒロシマからのメッセージ(広島テレビ放送 社長 三山 秀昭)
投稿日 : 2014年03月14日
3月24日からの「核セキュリティサミット」(オランダ・ハーグ)、4月11日からの「軍縮・不拡散イニシアティブ」(広島市)、そして4月22日からのオバマ米大統領の訪日を前に、「核なき世界の推進」のためにオバマ大統領の広島招聘に向けた広島テレビ放送株式会社の取組について同社の三山社長からご寄稿いただいた。
人類で最初に原爆の惨禍に遭ったヒロシマ。今、その広島から改めて核軍縮、核廃絶に向けたメッセージが発せられている。被爆地・広島と長崎の市長は昨年暮れ、就任間もないキャロライン・ケネディ駐日米国大使に会い、オバマ米大統領の在任中(2017年1月まで)の被爆地訪問を要請した。大使は「直接招請状を送れば、大統領は必ず検討する」と答えた。20歳の時に広島を訪れ、「心が揺さぶられた」と語る大使と、「核なき世界」を訴えたオバマ大統領の真意を汲み取り、両市長は早速、連名で大統領に書簡を送り、「大統領が被爆地を訪問し、被爆の実態に直接触れるよう要請」した。ただ、「未来志向で訪問を歓迎する」として原爆投下への謝罪は求めなかった。広島市の松井一実市長は被爆二世だが「謝罪を超え、大統領が被爆地で核廃絶の決意を世界に発信することが過去の清算であり、核なき世界への道だ」と説明する。
地元の民放・広島テレビ放送は今年初めから、「オバマへの手紙」というキャンペーンを始めた。視聴者から広く、オバマ大統領の広島訪問を願う手紙を募り、広島のグラスルーツの声をホワイトハウスに届けようという企画だ。
広島の平和記念公園には世界中から年間1000万羽を超える折鶴が届けられる。平和を願う祈りの結晶だ。原爆症により12歳の若さで亡くなった佐々木禎子さんが、病床で回復への祈りを込めて折鶴を折り続けたことが、自然発生的に広まったもので、平和公園にはそれを後世に残そうと折鶴をデザインした「原爆の子の像」が立つ。
ただ、届く折鶴の余りの多さに広島市が保管場所に困っていることも事実。そこで、広島テレビでは2年前に開局50周年の中心事業に「Piece for Peace」(平和へのひと筆)を展開した。市の許可を得て、折鶴を再生紙にして、広島県の特産である毛筆で、平和を願う心をこめた「一文字」を書いてもらう運動だ。それを展示、番組としてシリーズ化し、絵本も出版し、折鶴への気持ちも“再生”した。反響は極めて大きく、全国、外国から1万8千人から「一文字」が寄せられた。そこで同社は「もう50周年事業ではない。長く広島テレビの基本理念としよう」として、継続を決めた。
それが「オバマへの手紙」に発展する。折鶴の再生紙に「Presidennt Barack Obama, Please pay a visit to Hiroshima」と印刷し、広く視聴者にオバマ大統領へのメッセージを書いてもらうよう募った。知事、市長、被爆者、中高生、主婦、会社員・・・・。
注目すべきは誰も「原爆投下への謝罪」を求めていないことだ。被爆者団体協議会の坪井直理事長は「オバマさん、あなたには人類を救う力がある。来訪を切望します」と書き、「とにかく広島から核廃絶を訴えてほしい」と力説した。彼は以前、「謝罪のハードルを課すのは核廃絶の近道ではない。被爆者は苦渋の選択で、広島訪問を熱望している」と被爆者ならではの苦しい胸の内を明かしてくれた。
そうなのだ。アメリカ人や特に「保守派」と言われる人たちに呼び掛けたい。「勘違いしないでほしい」と。かつてボストングローブ紙のピーター・カネロス論説委員長(※ )も広島での取材後、こんな記事を書いたことを紹介しよう。「自分自身もそうだったが、ホワイトハウスは広島市民が大統領の広島訪問を望む理由を誤解している。広島の原爆で生き残った年配者も高校生も謝罪を要求しているのではない。大統領の広島訪問は米国内で否定的反応が返ってくるだろうが、現職大統領の広島訪問は世界的イベントであり、ノーベル平和賞以来、多くの人々は大統領の行動を待っている。大統領が核拡散の危険について世界に説得力のあるメッセージを伝えたければ、広島訪問すべきである」。
「核」問題の政治日程は目白押しだ。3月24日からはオランダ・ハーグで、核セキュリティサミットがあり、オバマ大統領も各国首脳も参加する。4月11日からは非核12カ国の外相が広島に集まり「軍縮・不拡散イニシアティブ」(NPDI)が開催される。そして4月22日からはオバマ大統領の日本などのアジア歴訪。28日からは国連本部で、核拡散防止条約(NPT)会議の準備委員会が開かれ、広島からは知事、市長、被爆者団体などが参加する。来年は5年に一度のNPT本会議、おりしも被爆・太平洋戦争終結70周年だ。その翌年にはG8サミットが日本で開催される。オバマ大統領は再来日しなければならない。今回の訪日時は秋に中間選挙を控えており、大統領の広島訪問はアメリカの国内事情を考えれば、困難が多いことは広島市民も冷静に心得ている。
広島市民は来年の被爆70周年か、再来年の日本でのG8の際に、任期終盤のオバマ大統領なら、政治的リスクも少なく、被爆地訪問は可能と確信している。
広島市民が「謝罪」にこだわらず、未来志向なのも、広島テレビが一般市民から「オバマへの手紙」を募っているのも、オバマ大統領が広島を訪問しやすい環境を醸成するためだ。「オバマへの手紙」の第一弾は近くホワイトハウスへ届ける予定。それはワシントンに「未来志向の広島の世論の真意」を伝えるためである。もちろん、オバマ大統領が就任した2009年に、原爆ドームの設計者ヤン・レツルの故国チェコで世界に向けて「核なき世界」のメッセージを発信し、ノーベル平和賞に輝いたことを踏まえ、それが一歩でも前進するよすがになれば、と思っているのは言うまでもない。
※ フォーリン・プレスセンターの先進国記者招聘事業で2011年2月21日から3月3日まで訪日。記事原文(リンク)
三山秀昭
みやま・ひであき 一九四六年富山県生まれ。早大卒。
読売新聞社ワシントン特派員、政治部長など歴任。
平成23年6月広島テレビ放送株式会社 社長に就任(現職)