実施日 : 2014年02月27日 - 28日
報告:震災3年・岩手県沿岸部プレスツアー
投稿日 : 2014年03月10日
FPCJでは、2011年3月11日の東日本大震災以来、被災地へのプレスツアーを実施してきました。
4回目となる今回は、岩手県沿岸部を訪れ、人々の暮らし、水産業・農業を始めとした産業の復興状況を探ってきました。
本プレスツアーには、台湾、中国、韓国、ベトナム、ロシア、ドイツ、スイス、スペイン、イタリア、フランスの10か国/地域から15名の記者が参加しました。
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【1日目】
1. 岩手県 達増 拓也知事による会見(盛岡市)
達増知事は、データを交えながら被害状況や復興の進捗について説明。2014年度からスタートする「本格復興期間」の計画やそれを進めていく上での課題にも触れました。記者からの「2020年の東京オリンピックに向けた建設事業に人手が流れてしまうことを恐れていますか」という質問に対し、知事は「強く懸念している。復興がまず先で、その後に東京オリンピックという順序で進めていくべきだ」とコメントしました。
2. 岩手県立 大槌高校の生徒たちへの取材(大槌町)
外務省による交流事業「キズナ強化プロジェクト」で渡米したグループからは大槌町の当時の被害状況を、別のグループからは町長に提案したまちづくりの構想を、最後に、高校生平和大使の一人としてスイス・ジュネーブを訪問した生徒からは現地で震災について伝えた際の反応について聞きました。
記者達から将来の夢について尋ねられた生徒の多くは、「これから一生懸命勉強し、大槌町のために役立つ人材になりたい」と答えました。
洋品店を営む商店街の会長、山崎 繁さんを取材。震災によって人の転出やコミュニティの分断がおきたために客足が途切れて、大きな痛手になっているという話を聞きました。その後、記者はそれぞれ店舗を視察し、経営者の想いに耳を傾けました。
4. かまいしキッチンカープロジェクト(釜石市)
キッチンカーの常設営業所である「おおまちほほえむスクエア」の近くには、大型ショッピングセンターが近々オープンするとのこと。支援事業を行う公益財団法人釜石・大槌地域産業育成センターの石川学さんは、「これからは他店との競争を意識しながら、キッチンカーの経営を進めていかなければいけない」と、同プロジェクトが新たな段階に突入しつつあることを示唆。「チェーン店にはない、各店舗独自の味が強み」と力を込めました。
【2日目】
5. 小野食品株式会社(釜石市)
小野昭男代表取締役は、「津波の中でも人と原料は助かった。生産ラインさえ戻れば、営業を再開できると思った」と当時の心境を振り返りました。ただ、長期的に見ると人材不足が懸念事項だとも語り、どの地域でも共通の課題がそこにもあるということがわかりました。
震災後に力を入れ、今や売り上げの半分近くを占めるようになったのが一般消費者への通信販売。全国の消費者が楽しむ通販商品のいくつかを試食させてもらいましたが、「とてもおいしい」と記者の箸も進みました。
6. 仮設住宅「平田第6仮設団地」の住民の方々(釜石市)
同団地の方々は、「当時、海外からの支援がとてもありがたく、このように、外国のメディアの前で話せるのが嬉しい」と迎えてくれ、それぞれの想いを聞かせてくれました。「仮設だからと、何か課題があっても解決をあきらめる雰囲気になってしまう現状もある」、「できれば元々住んでいた場所に戻って商売をしたいが何年後になるか分からない。自分も歳をとるので5年後の体調が心配」「自分でどうやって前向きに考えて元気を出すかにかかっている」などの声を聞きました。敷地内のサポートセンターを訪れたときは、ちょうど高齢者の方が昼食前の体操をしているタイミングで、記者は熱心にカメラを向けていました。
7. きのこのSATO株式会社(陸前高田市)
震災前からきのこ栽培を営んできた佐藤博文社長は、震災後、「雇用を生み出したい」という気持ちから、事業の立て直しを進めてきたことがわかりました。未経験でも仕事を始めやすいというきのこ栽培の特徴を活かし、震災前より多くの従業員の雇用を実現していました。また、「お金をかけないで話題を作ろう」という方針でメディアにうまく取り上げてもらいながら、海外進出のための準備も着々と進めているとのことでした。
8. 震災遺構「旧・タピック45」/ 追悼施設/ 奇跡の一本松 (陸前高田市)
一行は、元は道の駅であった震災遺構「旧・タピック45」の屋上にのぼりました。そこに赤い文字で「13.7メートル」と津波到達地点が記されており、その高さに改めて驚いていました。
陸前高田市の職員の方からは、地図を見ながら、都市復興計画や建設予定の防潮堤についての説明を受けました。周辺では大規模な土地の嵩上げ工事が進み、白いベルトコンベヤーが立ち並んでいるなか、参加者は、「奇跡の一本松」へと移動し、全額寄付によって保存されることとなった復興のシンボルを間近に見上げました。