実施日 : 2019年03月07日
報告:FPCJシンポジウム 「自由で開かれたインド太平洋 ~地域の平和と繁栄をどう確保するか~」
投稿日 : 2019年03月19日
FPCJシンポジウム
「自由で開かれたインド太平洋
~地域の平和と繁栄をどう確保するか~」
公益財団法人フォーリン・プレスセンターは、平成31年3月7日(木)、日本プレスセンタービル10階ホールにおいて、「自由で開かれたインド太平洋~地域の平和と繁栄をどう確保するか~」をテーマに、シンポジウムを開催した(後援:外務省)。シンポジウムでは、日本、米国、英国、シンガポール、インドから有識者およびジャーナリストを登壇者に迎え、今世紀の世界経済を牽引するインド太平洋地域の安定と繁栄を確保するための課題と国際社会がとるべき対応などについて議論した。国内外のメディア、駐日大使館関係者、有識者、学生など約90名が参加した。議論の要旨は以下の通りです。
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基調講演 田中明彦氏(政策研究大学院大学学長)
「インド太平洋」という地域概念登場の二つの背景として、この地域が21世紀の世界経済のダイナミズムの中心になってきたこと、中国の経済成長と軍備拡張という地政学的変化を挙げた。またインド太平洋の今後の発展のためには、世界第二の経済大国である中国が債務持続性に十分配慮した形で重要なインフラ・プロジェクトに融資することは歓迎すべきであるとしながら、できる限り「地政学的背景」が減少するような行動を中国に求めつつ、世界経済のダイナミズムの中心としての「インド太平洋」が前面にでていくような協力関係を関係各国で作っていく必要があると指摘した。
第一セッション「インド太平洋の秩序と繁栄-現状と課題」
(1)スティーブン・リー・マイヤーズ氏 (米国、ニューヨーク・タイムズ紙)
対中政策で正反対とも思われるアメリカの過去2政権は、太平洋地域に対する強いアメリカの役割というビジョンは同じ。ペンス副大統領の演説(昨年10月)が分水嶺となり、米国の対中政策について中国政府は、貿易戦争にも見られるように「敵対的」と結論付けている。他方で、政策に一貫性がないトランプ政権の任期も終わりが近づき、次の選挙サイクルに入る。中国に対してどう対応するのか、これからも議論が続く。
(2)プラミット・パル・チョードリー氏(インド ヒンドゥスタン・タイムズ紙)
中印関係は2017年以降、ダライラマの後継問題、一帯一路を巡る問題、ドクラム高原での軍事対立により悪化した。一帯一路構想は地政学的な取り組みとして捉え、反対するよう関係国に働きかけている。インドにとり戦略的裏庭であるインド洋において、米国の軍事プレゼンスが低下する中、中国の軍事的プレゼンス拡大に対抗する戦略的重要国として国際社会がインドに期待するなら、国づくりを支援してほしい。その点でインドにとって日本は、過去5年間で最も重要な戦略的パートナーとなった。
(3)ラビ・ベロア氏 (シンガポール ストレーツ・タイムズ紙)
中国が脅威であるということは共通の認識にはなっているが、インド太平洋構想については、ASEAN諸国の側で必ずしも理解が十分なされておらず、冷戦再来か、対中封じ込めかといった懸念も一部あり、少々混乱が生じている。ASEAN諸国は、多方向に関心を持っており、米中どちらか一方を選ぶには物事が複雑すぎる。インドネシアがASEANを代表してイニシアティブを取り、何らかの共通の立場をインド太平洋で作ろうとしている。3月20日にジャカルタで大きな会議があり、その結果を見守りたい。
(4)ギデオン・ラックマン氏(英国 フィナンシャル・タイムズ紙)
欧州各国は、Brexit等の国内問題への関心が高く、国際的な問題としては、クリミア併合とロシアへの安全保障上の懸念、移民問題、トランプ政権との関係が挙がる程度。中国の台頭について議論が行われ始めたのはごく最近のことで、これまで経済面でしか見ていなかったが、バルカン半島へのインフラ投資進出を契機とした一帯一路への警戒感から、広範な戦略的視点で見るようになってきた。特に英国は、EU離脱ということになれば、中国は経済大国として重要だが、軍事面での懸念との整合性のある形で譲歩が可能か疑問。
(5)田所昌幸氏(慶應義塾大学教授)
国際貿易に拠って立つ日本にとり、国際貿易の半分、エネルギー輸送の8割が通過するインド洋の安全保障は、死活的に重要な問題。その一方で、インド洋に対する戦略的な関心が比較的最近までなかったが、議論されるようになった背景として、①中国の行動に対する懸念、②グローバルな成長の中心が、東アジアからインド洋地域に移るのではという予感、③一貫性に欠ける米国の政策への不安感、特に米中関係が大きく変わってしまうとの懸念があり、このため、インド太平洋の自由な海洋秩序を多国間で制度化しておきたいとの思いがある。インド洋への軍事展開に限りのある日本にとって、独自の政策ツールはODAだ。
(自由討論)
インド太平洋の国々は米国支持か中国支持か、もしくはその中間で分断していく傾向にあるとし、米国自身も政策の方向性が見えていないとのモデレーターの問題提起に答える形で各パネリストから発言があった。マイヤーズ氏(米国)は、ワシントンでのコンセンサスは両政党及び経済界も、人権、貿易の問題から反中国で固まりつつあるが、大統領選挙を控えた中、選挙後の新政権がオバマ政権の対中協力路線に回帰するかもしれないと指摘した。田中氏は、中国が独自のイデオロギー路線で高圧的な態度を続ければ、米国支持の国が増えざるを得ないが、中国は経済構造上の問題から脆弱性を抱えており、そうした路線はとらないだろう。米国及びほとんどの東南アジア諸国は中国が最大の貿易相手国であるため、中国による特定のイシューについての威圧行動を抑え込む「selective containment(選択的封じ込め)」策を取るのではないかと述べた。
第二セッション「インド太平洋地域の成長と繁栄に向けてー国際社会は連携できるか」
(1)これまでの議論を踏まえ、複雑な利害や価値観が絡み合う状況を田所氏が以下の通りまとめた。
インド太平洋構想については、国によって想定しているものが異なる。軍事大国たる米国は中国の影響力拡大を地政学的な視点で見ており、民主主義や人権などレジームの性質を語り、また中国の国家主義的経済モデルを成功モデルにしてはならないと考えている。東南アジアやインドを含む中国との安全保障上の問題を抱える国々は、できるだけ中国を包摂し対立的にならない形での、自由で開かれたインド太平洋を望む。日本は1990年代まで中国に対する最大のODA提供国で天安門事件後も最も早く経済制裁を解除、この開発主義的姿勢は、安全保障環境が変わらない限り変わらない。
(2)インド太平洋構想の成功に向けた各国の考えについて以下のような発言が聞かれた。
(マイヤーズ氏)米国も含めこの構想における各国の戦略目標は明らかではないが、米国はあるレベルで自由で開かれたインド太平洋の構築を政権の戦略として実現していくのではないか。ただし、予想できない偶発的な出来事として、中国が台湾に対してアグレッシブな行動、例えば貿易を阻止する(海上封鎖)といった可能性が挙げられる。もっとも中国も経済を犠牲にしてまでそうした行動をとるかは疑問であるが、台湾問題は状況を一変させる要因となり得る。
(ラックマン氏)インド太平洋戦略とは、そしてその成功やゴールとは一体何なのか。中国が経済的影響力を拡大しつつある中での現状維持なのか、米国側に皆を引込むことなのか。あるいは、中国の経済成長に伴いその権威主義的国家体制が広まり、民主主義的価値観を傷つけることにつながらないようにすることなのか。一方で、米国がやりすぎると戦争のリスクが高まり、マイナス効果となるかもしれない。
(田中氏)自由で開かれたインド太平洋で最小限実現しなければならない目標は、南シナ海での航行の自由が確保されること。米国が自らのインド太平洋戦略を変更しなければそれは実現可能。日本による南シナ海周辺国のコーストガード能力支援も重要。その先は繁栄したインド太平洋、日本ができることは開発協力だが、中国や他の域内諸国も経済協力を行うことが必要。
(ベロア氏)成功のカギはその意図するものが何かによる。中国の孤立が目的ならうまくはいかない。ASEANが行っているように包摂的なアプローチ、また様々な戦略を組み合わせることが必要で、中国の不安にも配慮しなければならない。東南アジアの発展は日本の資本によるもの。インドネシアの輸出の20%は現地日本企業によるもので、日本企業で働く人の93%は現地人、中国はその逆だ。そうした良いスト-リーを伝えていくことが重要。
(田所氏)成功とは何か。中国を冷戦時のソ連のように孤立させることはもはや不可能で、抑止(Deterrence)を考えなければならない。そのためには米国のコミットメントが必要。また、インド洋を考える時、インドは最重要の国だが唯一のプレイヤーではない。パキスタン、イランともに中国とは良い関係。中国か米国かという簡単な図式ではなく、ローカルな国々の意見をどうまとめ上げるかが重要。
(チョードリー氏)一帯一路への対抗策、代替案を示す際の協力相手は日本だ。スリランカやアフリカではインドと日本の協力案件が進んでいる。日本が仕事をしインドが外交を行うことで成功している。
(3)経済協力以外で日本が果たす役割は何かとの問いには次のような発言があった。
(ラックマン氏)日本は、経済大国で民主主義国家としての実績もあり、極めて良い立場にある。軍事的な弱みはあるが、米国のように突き進むことはないし、法の支配による秩序を支えることができる。TPP11も構築し自由貿易を支持する重要なミドルパワーだ。
(ベロア氏)東南アジアの大きな部分は内陸部であり、日本はメコン流域に進出しているが、より緊密に米国やインドと協力連携して、共同で取り組む姿勢をこの地域に示すべき。この地域は支援を必要としており、日本は資金もキャパビルのためのスキルも持っている。
(マイヤーズ氏)米国が多国間の枠組みから退くなら、日本がそれに代わる役割を果たすだろう。次の選挙の結果にもよるが、現政権の政策は米国民が持つ依然として強い孤立主義的な考え方を反映している。
(田中氏)日本の安全保障上の最大の役割は、東シナ海において中国に自由な軍事行動を許さない、日本周辺地域において防衛力を整備し抑止の穴をあけないこと。インド太平洋の繁栄のためには、
やはり経済支援が必要であるが、政府によるODAのみならず、民間企業による直接投資も重要な役割がある。また今後のアフリカの発展のため回廊整備などインドと日本の協力の余地は大きい。
(田所氏)日米同盟は大きなアセットであり、米国にこの地域へのコミットメントのインセンティブを日本が与え、また支援する重要な役割がある。地域の繁栄のため、日本の民間がよりリスクをとって東アフリカなどにいけるような公共政策の立案もあり得るのではないか。
最後に秋田氏は、今回の議論からの気づきの点として、インド太平洋戦略に対する考え方は各国で異なるが、その進め方は①価値の共有(sharing value)、②規範の共有(sharing norms)、③利益の一致(sharing interest)の3つが考えられると分析した。