実施日 : 2024年02月28日
開催報告:2023年度第2回FPCJ国際ウェビナー
投稿日 : 2024年03月29日
「東アジアの安全保障:
海外メディアは、台湾有事と日本のリアルをどう報じているか?」
(後援:外務省)
1.本ウェビナーの開催目的及び参加者
2024年1月13日、蔡英文総統の任期満了に伴う台湾総統選が実施されました。今回の総統選挙は、その結果が今後の台湾と中国の両岸関係、更には台湾と中国の統一問題、日本を含む東アジアの安全保障に大きな影響を及ぼし得るものであることから世界の目が注がれました。
本ウェビナーでは、東京と台北で本問題をフォローしている気鋭の外国ジャーナリストや、日本のメディア関係者、有識者の方々にご登壇いただき、台湾問題が国際メディアにどのように報じられているのかを踏まえながら、「台湾有事を招来しないためには、関係当事者(中国、台湾、米国、日本ほか)は何を為すべきか」について議論しました。
本ウェビナーには国内外から185名の申し込みがあり、98名が参加(視聴)されました。
2.プログラム/各チャプター(上記動画)へのリンク
開会挨拶 |
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第1セッション(冒頭発言、自由討議) |
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第2セッション(自由討議、総括) |
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質疑応答 |
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全体総括 |
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閉会挨拶 |
3. 登壇者紹介
※開催案内、登壇者略歴はこちらからご覧いただけます。
【モデレーター】 兒玉和夫 FPCJ理事長
【パネリスト】
外国メディア:
・楊 明珠 中央通信社(台湾) 東京支局長
・Noah Sneiderエコノミスト紙(英国) 東京支局長
・Kathrin Hille フィナンシャル・タイムズ紙 (英国)Greater China 特派員
日本側メディア関係者:加藤 洋一 早稲田大学アジア太平洋研究センター特別センター員
有識者:佐橋 亮 東京大学東洋文化研究所准教授
4. セッションのまとめ
第1セッション「台湾問題に関する関係当事者(中国、台湾、米国、日本ほか)の立場とメディアの報道振り」
モデレーターより、台湾問題における主要な関係当事者である中国、台湾、米国、日本それぞれの立場について、歴史的経緯を含めた背景の紹介の後、パネリストによる討論が展開されました。
楊氏は、台湾が中国、米国、日本をどのように見ているか説明しました。中国による選挙活動を妨げる行為は、民主主義への無理解によるものと捉えられていること、米国は、頼清徳新総統を支持し、米国議会の重要な政治家も台湾を訪問するなど米台関係の強化に努めていること、日本は台湾にとって経済安全保障上の重要なパートナーであることから、中国に対して台湾の現状維持を破壊してはならないというメッセージを送るよう求めました。
Hille氏は、台湾に関する報道の難しさについて、中国、台湾、米国が関係を変化させながら関与し、3者がそれぞれ異なる見方をしているためと説明しました。台湾は中国が台湾に対して組織的に圧力をかけたことにより緊張が高まったと非難する一方、中国は台湾と米国が台湾海峡の現状を変えようとしていることが緊張を高めている要因であると主張し、更に、米国が「一つの中国」原則を無視していると非難して米国に対して平和的な統一を支持するよう示唆していると紹介しました。米国は、米国の政治家の中国との関係の扱い方が台湾との関係にも影響を与え、一部のタカ派は、中国に対する主張をするために台湾を利用しようとしていると説明し、この複雑な情勢をジャーナリストが報道することは困難であり、情報の信頼性と客観性を確保することが重要であると述べました。
Sneider氏は、5年前は日本で台湾に関する議論は政策立案者やアナリストの間で行われていたものであったが、最近ではこのテーマが公然と議論され、メディアでも取り上げられるようになったと述べました。また、エコノミスト紙が読者に対して中国への理解を深める取り組みをしていると言及した上で、台湾問題を巡っては、客観的かつ冷静な報道が求められること、日本の役割や政策の変化を地域外の読者に明確に伝えることが重要であることを指摘しました。更に、日本の行動や政策に関する議論は、米国との関係に縛られず独自の視点から行われるべきであると指摘しました。
加藤氏はまず、台湾との関係に関する日本政府の基本的立場は、「非政府間の実務関係」として維持することだと説明。さらに、2021年の日米首脳共同声明では、「台湾海峡の平和と安定」の重要性が初めて強調されたと述べました。これは、欧州諸国などに高く評価された一方、2022年のペロシ米下院議長訪台後に中国が実施した大規模軍事演習などで、「平和と安定」は事実上、破壊されたにもかかわらず、日本政府は十分な対応をとっていないと指摘しました。さらに、台湾有事への取り組みについて、日本政府の姿勢はあくまで慎重だが、自民党国会議員からは、「台湾有事は日本有事」など、政府の立場を超えた発言が相次いでいるとも説明しました。台湾の世論調査をみれば、多くの台湾人は、台湾有事の際、日本が自衛隊を派遣して来援してくれるとの期待を抱いているという実情を紹介。しかし、実際に日本が台湾防衛に乗り出すことは、現行の法律や政策の枠組み、自衛隊の能力のいずれの面から見てもあり得ないことで、日本は官民を通じた一連の対応で、台湾に誤った期待を抱かせる結果を招いていると述べました。
佐橋氏は、台湾をフェアに見る報道が非常に重要であるとし、米国、中国、台湾の相互不信を読み解くための分析報道をしっかりするべきと指摘しました。その上で、日本で台湾有事への関心が増えた最大の理由として2021年3月の米国インド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)による発言を挙げました(FPCJ注:今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性があるとした上院軍事委員会の公聴会での証言)。そして、日本のメディアの台湾有事に関する報道は、経済封鎖や断交などの外交的なシナリオに触れず、軍事シナリオといった目に見えやすいところに集中し、台湾有事の切迫性を強調することが多いことから、より広く台湾問題を報道する必要がある指摘しました。
第2セッション「台湾有事を招来しないためには、関係当事者(中国、台湾、米国、日本ほか)は何を為すべきか」
楊氏は、1972年に日本が中華民国と断交してから日本の台湾に対する立場は常に曖昧で、安全保障の話題に触れず、中国の顔色を窺っているように見えると指摘しました。また、台湾と米国の間には台湾の安全保障のための規定を含む台湾関係法が存在するが、日本との間にこのような法律が無いため、台湾有事が起きた際に日本は台湾に在留する日本人をどのように避難させるのかなど、根拠となる法律を早期に制定する必要があると述べました。
Sneider氏は、安全保障に関する議論では対話と安心供与が必要であると述べました。さらに、メディアも安心の側面を報道する責任があり、軍事的な側面だけでなく、地域全体で行われる外交活動、経済や人の結びつきにも焦点を当てることが重要であると指摘しました。さらに、抑止力は根本的には知覚と心理の問題であり、中国の指導者が米国に対して混乱や衰退、義務や責任を果たさないといったイメージを持つとネガティブな影響を受ける可能性があることから、米国が自国内の亀裂を癒すためのエネルギーや努力がより重要となり、それが米国社会のみならず、インド太平洋地域における抑止力にも大きな利益をもたらすと述べました。
加藤氏は、米国の「戦略的曖昧さ」のもともとの狙いは、中国に手の内を明かさずに台湾侵攻を抑止することと、台湾の独立への暴走を防ぐことだとした解説。そのうえで、今ではその意味はかなり薄れたものの、中国を抑止するうえではなお有効だとの見方を示しました。また、台湾有事を招来しないために日本が取るべき行動は、まず軍事面で、米国が軍事的行動に出る際に備えて、日米安全保障条約6条など現行の政策枠組みに基づいて支援する態勢を一層強化することだと述べました。さらに非軍事面では、「強靭な台湾は日本の利益」という考えに基づき、台湾強化の諸施策をとることだと指摘しました。具体的には、まず「台湾を見捨てることはない」というメッセージを、折に触れて発信して台湾の人々に安心感を与えること。次に、米国などとともに、台湾の社会・経済基盤の総合的強化を支援して、台湾社会全体の強靭性を高めること。最後に、日本として、台湾を含めた地域全体の新たな戦略構想を提起すること、だと述べました。
Hille氏は、短期的な観点では、米国は台湾に関する緊張を高めるような挑発的な発言や行動を避け、次の大統領は対台湾政策に慎重さが必要であると指摘しました。そして、台湾の頼清徳新総統については、発言が中国に挑発的、冒険的と受け取られる場面があったため、優れた助言者が必要だと述べるとともに、中国に対して戦略的な忍耐力を持つべきだと指摘しました。さらに、長期的な観点では、米国、台湾、米国の同盟国が抑止力を強化する必要があると述べ、危機に対応する準備をより信頼性の高い方法で行う必要があると説明し、台湾も抑止力不足を克服するための準備を強化する必要があると指摘しました。
佐橋氏は、台湾有事を起こさないために、米国と中国が安定性を確保することが必要だと説明し、相手と対話し、誤ったシグナルを送らないこと、抑止だけではなくて「戦略的曖昧さ」を含めた安心供与の枠組み作りが大切だと説明しました。さらに、台湾危機が高まった時の米国と中国の対話は重要であり、その中で中国側は緊張が高まったときに共存するために戦争を回避するための試み(デタント的な条件)を求めてくるかもしれないと分析し、安心供与をどこまで進めるか重要であると述べました。続いて、日本や台湾、台湾海峡の安定を重視している国々がどのように抑止力を高めていくことが重要なポイントであり、何ができるのかをしっかり考えていく必要があると述べました。
質疑応答
台湾有事の際の日本の対応について、日本人の認識と台湾や米国の期待とのギャップをどのように捉えるかや、企業が外国メディアから何かしらの政治的なリスクのある質問を受けた時に回答を差し控えることをメディアはどう受け止めているかなどの質問が挙がりました。
総括
各登壇者は次のように発言し、ウェビナーを締めくくりました。
楊氏は、台湾にとって日本は家族のような存在であり、人々は台湾有事の際は日本が台湾を助けてくれると非常に期待をしているが実際には難しい面もあるとし、台湾が日本に対して貢献できることがあれば是非協力したく、日本も台湾への関心を高く持ってほしいと述べました。
Hille氏は、台湾の人々が現状をどのように見ているか、人々の期待や認識はどのようなものなのかをもっと報道する必要があると述べました。政府レベルでは、日本をはじめとする関係諸国の軍事的な動きに対する理解が進んでいるものの、一般市民のレベルでは多くの人々は有事の際に日本が助けに来ることを期待していると説明し、これは日本に対する肯定的な見方であり、米国に対する疑念との対比でもあると述べました。
加藤氏は、日本は「台湾海峡の平和と安定を重視する」という自らの発言に責任を持ち、米国とともにそれを破壊する動きをどう抑止するか、破壊された場合にどう対応するかを、準備する必要があると述べました。加えて、万が一、中国によって台湾が統一された場合、日本はどんな不利益を被ることになるのかをよく考えて、国益に即した台湾支援策を真剣に検討する必要があると指摘しました。
Sneider氏は、台湾有事を引き起こさないために考慮すべき複雑な視点がいくつもあると述べました。そして、フィリピンや日本にとっての南西諸島や沖縄の役割を挙げ、日本国内でさえも多くの隔たりやニュアンスの違いがあると指摘し、このような視点の多さを常に心にとめ、報道に反映させたいと締めくくりました。
佐橋氏は、今年の米国大統領選挙でトランプ前大統領が勝利した場合の台湾をめぐる米国の姿勢について、対中国強硬路線またはアメリカ・ファーストの極端なシナリオがあり得ると述べ、これらを念頭に置いて様々な状況をシミュレーションしておく必要があると述べました。また、日本については、台湾に関しての様々な議論が必要であり、台湾報道の体制を充実させることが重要だと指摘しました。
最後にモデレーターである兒玉FPCJ理事長が本国際ウェビナーを次のように総括しました。
(1)台湾有事を招来しないための最も大切なことは、米中間の抑止と対話であり、両国の安定した関係維持のためにすべきことを考える必要がある。
(2)日本の役割は、自国の抑止力の万全を期すことの他に、米国、中国、台湾3者の意図を正確に理解し、誤解を与えないためにも、台湾に対して安心供与や外交的後押しをすることが大事である。
(3)台湾による民主主義の実践の重要性を念頭に置き、日本は非政府間の実務関係を一層強化することで、台湾の強靭性をサポートすることが求められている。
(4)メディアが事実を歪曲した言説を拡散するなどして米中相互不信を増幅させ、無用の危機を煽ることがないよう注意すべきである。