1.背景
2022年11月にOpen AIが生成系AI「Chat GPT3.5」を公表して以降、生成系AIの進化は目覚ましく、社会を大きく変革しつつあります。
京都大学 人と社会の未来研究院の熊谷誠慈教授と株式会社テラバース古屋俊和CEOらの研究開発グループは、2021年3月に、Google社提供のアルゴリズム「Sentence BERT」を応用した非生成系の仏教対話AI「ブッダボット」を発表しました。2023年7月には、ChatGPTの最新版(公開当初はChatGPT4。本報道発表時はChatGPT o1-mini)を応用した生成系仏教対話AI「ブッダボットプラス」を発表しました。2023年9月には、ブッダボットプラスの構造を基盤に、新たに2種類の仏教チャットボット「親鸞ボット」と「世親ボット」を開発しました。ここに、仏教開祖の「ブッダ」、その教えを哲学的に分析した「菩薩」、アジア各地で教えを広めた「高僧」、3種類のチャットボットが揃い、仏教対話AIの開発も、新たなフェーズに入りました。
2022年9月には、AR(拡張現実)技術を用いた仏教アバター「テラプラットフォームAR Ver1.0」を発表し、スマートフォンの画面を通じて仏教アバターを目の前に呼び出しての対話が可能となり、テキスト対話に加えて、視覚・聴覚・触覚を用いたコミュニケーションを実現しました。
これらの取り組みは、世界約20か国のメディアで報道され、アプリの一般公開が強く望まれていました。しかし、仏教界側から公的な要請が届いていない状況において、開発グループは一般公開を控えてきました。
この度、ブータン王国中央僧院より、同国の仏教界へのブッダボット導入の公的要請を受け、同国仏教界での使用に向けたシステム開発、並びに、運用に向けた議論を開始することになりました。加えて、同国市民への一般公開の可能性についての議論も開始する予定です。
2.研究開発手法
本研究開発・社会実装は、以下の3つの側面から実施されます。
①機械学習用のデータ(仏教経典から抽出したQ&Aデータ)の精度の向上
既に、原始仏教経典の中でも『スッタニパータ』、『ダンマパダ』、『ウダーナヴァルガ』のテキストデータは学習済みですが、今後、京都大学 人と社会の未来研究院の木村整民氏(研究員)、小南薫氏(技術補佐員)らが中心となり『テーラガーター』や『テーリーガーター』、また、戒律文献のテキストデータを学習させる予定です。さらに、『倶舎論』などの部派仏教哲学、『中論』などの大乗仏教哲学、各種浄土教関連の文献から機械学習用データを作成していきます。
②ブッダボット英語版の制作と改良
既存のブッダボットは、日本語のみの利用が可能でしたが、この度、株式会社テラバースの木内敢氏(リサーチフェロー)、佐々木誠太氏(リサーチフェロー)らが中心となり、ブッダボットの英語版の試作品第1号を作製し、現在、ブータン中央僧院と共同で改良中です。今後、ブータン中央僧院の僧侶に、モニター利用をしてもらいながら、更なる改良を進めていきます。
③モニター実験や有識者の議論を通じた悪用・誤用リスクの分析と対処法の向上
「法的、社会的、倫理的課題」(ELSI)に関しては、ミゲル・アルヴァレス=オルテガ博士(京都大学法学研究科・特定准教授)および亀山隆彦博士(京都大学 人と社会の未来研究院・上廣倫理財団寄附研究部門・特定准教授)を中心に、ブータン側と議論を行い、使用ガイドラインを作成していく予定です。
【2024年度】
・プロジェクトチームでの議論(京都大・テラバース社・ブータン中央僧院)
→ブータン仏教界での実用可能性およびリスクを検討
・ブッダボット英語版を改良
【2025年度】
・ブータン中央僧院にて、100名~200名規模でのモニター利用を実施
・使用ガイドラインの暫定版を作成
【2026年度~2027年度】
・使用ガイドラインを修正し、ブータン仏教界での一般利用を開始
・ブータンの一般社会や、他国の仏教界への展開を協議
3.波及効果、今後の予定
ブッダボットプラスの僧院での利用が進むことで、産業界、宗教界、学術界への影響がさらに増幅し、「産・宗・学連携」を大きく推進することが期待されます。
・学術的価値・可能性:生成系AIが作成した回答により、仏教思想に関する新しい解釈が提出され、これまでにない仏教哲学的解釈を創出できる可能性がある。AI開発の宗教分野への展開。古代の宗教文献の現代的価値の分析や新たな解釈や哲学の創出も可能に。
・産業的価値・可能性:ブッダボットのアルゴリズムを応用し、経営や経済など仏教以外のデータを学習させることで、経営アドバイスや経済分析なども生成・提供することが可能となる。さらに、人の悩みを解消するツールとして、従業員のカウンセリング、メンタルケア、HR分野への参入が期待される。社会の諸課題解決のヒントを与えるものとして、コンサルティング・カウンセリング領域に応用できる可能性も考えられる。
・宗教的価値・可能性:ブッダボットのアルゴリズムを応用し、DX化した宗教典籍データを学習させることで、様々な宗教・宗派の教義を学習したチャットボットの製作が可能となり、宗教チャットボットを利用した新たな宗教活動が可能となる。また、異なる宗教のチャットボット同士を対話させることにより、宗教間対話のシミュレーションが可能となる。これらAIを通じて、説法の質を含め、僧侶のスキルが向上し、檀家・信者とのコミュニケーションもさらに充実したものとなる。その最終的な帰結として、形骸化した観光仏教・葬式仏教から、仏教の本質である「幸せになるための教え」が主役の座を取り戻すことができる。
〇プロジェクトの倫理的課題、今後の展望と課題
他方、Chat GPTには、情報の典拠が不明であったり、個人情報の流出、著作権の侵害など、情報の信頼性に関わる課題が山積しており、その危険性について指摘がなされています。ブッダボットプラスは、原典を機械学習しており、情報ソースの問題にも対応しています。
こうしたELSI(倫理的・法的・社会的課題)を踏まえたうえで、今後さらに、人類史を代表する哲人や聖者たちの対話AIを順次開発し、デジタル空間上に豊かな伝統知を再現していく予定です。
4.研究プロジェクトについて
本研究プロジェクトは、京都大学 人と社会の未来研究院の熊谷ラボにおいて進められてきました。AIのプログラムコード・プロンプトは、株式会社テラバースと共同で開発しました。ブータンへの導入方法については、ブータン王国中央僧院と議論してきました。
<用語解説>
1.「ブッダボット」とは、熊谷教授と古屋CEOらが2021年3月12日に公表した非生成系仏教対話AI。Google社提供のSentence BERTを応用したプログラムに、最古の仏教経典『スッタニパータ』を機械学習させた。その後、『ダンマパダ』や『ウダーナヴァルガ』等の有名な原始仏教経典のデータを追加で機械学習させている。
2.「ブッダボットプラス」とは、熊谷教授と古屋CEOらが2023年7月18日に公表した仏教対話AI。旧式ブッダボットとChatGPTの最新版(公開当初はChatGPT4。本報道発表時はChatGPT o1-mini)を融合させたことで、機械学習済みの原始仏教経典のソースを提示しつつ、経典解釈や追加説明を自動生成することで、ユーザーにとってより詳しく自然な回答を追加提供できるようになった。
3.「親鸞ボット」は、12~13世紀日本の仏教僧で、浄土真宗の開祖である親鸞をモデルとした対話AI。熊谷教授と古屋CEOらが2023年9月12日に公表した。ChatGPTの最新版に、念仏思想のエッセンスを凝縮した親鸞著『正信偈』(正信念仏偈)を学習させ、その内容に基づく自然な回答を提供できるようにした。
4.「世親ボット」は、4世紀インドの仏教僧で、大乗仏教の二大哲学の一つである「唯識」を大成した世親をモデルとした対話AI。熊谷教授と古屋CEOらが2023年9月12日に公表した。ChatGPTの最新版に、仏教哲学の基礎を整理した世親著『倶舎論』(阿毘達磨倶舎論)の言葉を学習させ、自然な回答を提供できるようにした。
5.「生成系AI」とは、インターネット上などに存在する既存の文章や画像イメージを大量に学習し、オリジナルの文章や画像を生成するシステム。
6.「テラ・プラットフォームAR Ver1.0」とは、ブッダボットにAR(拡張現実)技術を組み合わせ、スマートフォンの画面を通じてブッダアバターを目の前に出現させ、音声で対話できるようにしたARプロダクト。熊谷教授と古屋CEOらが2022年9月7日に公表した。視覚・聴覚・触覚を用いてブッダアバターとコミュニケーションが可能に。親鸞ARや世親ARにも応用。
7.「テラバース」とは、ARやVR、AIなど最新技術を用いて構築する「1兆のメタバース」。熊谷教授と古屋CEOらが2022年9月7日に構想を公表し、最初の世界として仏教仮想世界を構築中である。なお、株式会社テラバースは、熊谷教授と古屋CEOが、2022年8月8日に共同創業した、伝統知テックの開発会社。
<研究者のコメント>
「今回、ブータン王国中央僧院からの公式要請により、ブッダボットの同国仏教界への導入に向けた国家レベルの国際プロジェクトを開始できました。『いつでも、どこでも、だれでも使える』ための大きな第一歩となります。今後、伝統知とテクノロジーを融合した『伝統知テック』開発をさらに加速し、より豊かなデジタル文化を、世界に提供して参りたい所存です。」(熊谷誠慈)
<本プロジェクト関するお問い合わせ先>
熊谷誠慈(くまがい・せいじ)
京都大学 人と社会の未来研究院・教授(上廣倫理財団寄附研究部門長)
E-mail:kumagai.seiji.3m*kyoto-u.ac.jp
お手数ですがメール送信の際に、*を@に変えてお送りください。
古屋俊和(ふるや・としかず)
株式会社テラバース・代表取締役CEO
E-mail:furuya*teraverse.cloud
お手数ですがメール送信の際に、*を@に変えてお送りください。
<報道に関するお問い合わせ先>
京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
お手数ですがメール送信の際に、*を@に変えてお送りください。
<画像>
ブータン仏教界へのブッダボット実装のイメージ図