【英国】フィナンシャル・タイムズ ロビン・ハーディング東京支局長
投稿日 : 2016年05月17日
金融業界から転職し、イギリスのビジネス経済紙『フィナンシャル・タイムズ』の東京支局長として活躍するロビン・ハーディング東京支局長。銀行マンからジャーナリストへのキャリア転換、日本への留学経験、日本での取材で興味深い点などについて語ってもらった。
■ 金融業界からジャーナリズムの世界へ
『フィナンシャル・タイムズ』(以下、FT)に入る前は、イギリスで金融関係の仕事をしていました。でも実は、企業風土になじめず、あまり向いていないのではという思いがありました。ちょうどそのころ、2000年代前半に、イギリスの金融業界は、顧客とって決して利益があるとはいえない商品を売りつけていました。それでも、私の興味が経済や金融にあるのは確かで、そのことについて、文章で表現してみたいと思うようになりました。
そういった仕事に就く前に、自身の見聞を広げるために、日本の大学院に留学することにしました。数ある国の中で、なぜ日本だったのか。はっきりとは覚えていないのですが、よくよく振り返ってみると、母親の影響が大きいと思います。彼女はオックスフォード大学の図書館司書で、アジア、日本を含む、海外の書籍を担当しており、私も子どものころから日本に興味を抱いていたのです。日本政府の奨学金を取ることができ、ラッキーなタイミングが重なりました。日本に行ったことは一度もなかったのですが、日本文学が好きでしたので、本から学んだ知識がたくさんありました。中でも、川端康成の『雪国』、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』は、特に印象に残っている小説です。
■ 日本経済に触れ、ジャーナリストを志す
2001年に日本に初めて来た時、日本の経済はとてもおもしろい局面を迎えていました。バブル崩壊から10年がたっていましたが、日本は依然として、世界から“眠れる巨人”と見られていました。日本銀行がマイナス金利を試験的に導入しようとしていることもあって、経済界の人たちは、日本に注目していたのです。
私が大学院で最も興味を持って取り組んだのも、このような経済の動きに関する議論でした。研究室などでの議論に参加し、それを言葉で表現する―そんな経験を通じて、ジャーナリズムの世界に引き込まれていきました。イギリスで経済メディアといえば、多くの人がFTを思い浮かべます。私自身、大学生の時から愛読していて、リベラルで国際的、どんなイデオロギーよりも事実や証拠に基づいた記事を掲載していることに、FTというメディアの価値を感じていました。FTは物事の表面でなく、経済のようなトピックを深いところまで掘り下げて報じていたのです。
まずは3カ月の有給のインターンシップを経験し、論説委員室に配属されました。多くのジャーナリストが、最後のキャリアで経験する部署です。アメリカの経済について書いた次の日にはスウェーデンの政治について、さらにその次の日はコーポレート・ガバナンスについて書く・・・といった日々で、非常に学びのある部署でした。入社して2年がたったころ、東京特派員の募集があり、私にとって日本に戻る大きなチャンスだと、手を挙げました。
■ 読者の関心は未知数
これまで日本で一番印象に残っているのは、東日本大震災の取材です。その時、私はワシントン支局に勤務していたのですが、東京支局の取材班のサポートをするために来日しました。福島第一原子発電所の事故の影響で、見慣れた東京にも緊張が張り巡らされていて、私の知っている東京とは違う、不気味にさえ感じました。FTの特派員の同僚が被災地に取材に行っている間、私は東京でビジネスや経済のニュースの記事を書いていました。
イギリスの人たちは、必ずしも、日本の政治や社会に興味があるわけではありません。逆に、日本でもどれだけの読者がイギリスの政治に興味があるかを想像してみると、これは決して驚くべきことではないでしょう。でも、私たちは特派員として、自国の読者の関心が引くような切り口を考えなければなりません。世界市場に影響を及ぼすような経済やビジネスの話であれば簡単ですが、アジアの地政学や高齢化社会の影響など、イギリスが抱える問題と関連のあるトピックへの関心も高いので、今後積極的に取り上げていきたいと考えています。
また、政治や経済とは別に、読者の関心を引くようなネタ探しも大切です。たとえば、中国人観光客の日本でのコンドーム爆買いについて紹介した「オカモトコンドーム、日本の中国人観光客の希望の商品(Okamoto condoms: objects of desire for Chinese tourists in Japan)」のデジタル版の記事へのアクセスは、なんと通常の10倍でした。日本がインドネシアの新幹線を受注できなかった、という記事も関心が高かったですね。また、「プロサイクリングのルール変更で日本のシマノが躍進(Pro cycling rule change to propel Japan’s Shimano)」という記事を執筆したところ、通常の5倍程度のアクセスがありました。
初めて来日してから、15年がたちました。私自身もさまざまな経験を通じて変化しているので、一概には言えませんが、日本はその間に大きく変化していると感じます。ポジティブな面でいえば、日本は世界に対してオープンになってきている。かつては日本といえば“エキゾチックな島国”として一線を引かれることもありましたが、その傾向も少しずつ薄れてきており、これはとても良いことではないでしょうか。一方で、高齢化社会が進んでいることもあり、以前よりパワーが落ちてきているようにも感じます。
日本経済は、デフレからの脱却や莫大な公債など、依然として興味深い市場であることには違いありません。また、ジャーナリズム的には人口減少もおもしろいテーマですし、低出生率が続く日本の家族形態には個人的にも興味があります。東京以外の地方都市も、もっと訪れてみたいですね。
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<プロフィール>
イギリスの主要経済紙『フィナンシャル・タイムズ』東京支局長。ケンブリッジ大学クレアカレッジ卒業(経済学専攻)。2001~04年、一橋大学大学院で文部科学省の奨学金を受けて学び、経済学修士号を取得。06年にフィナンシャル・タイムズに入社、08~10年まで東京支局員。ワシントン支局勤務を経て、14年より現職。日本の経済、政治、国際関係などが専門。
1888年に創刊されたイギリスの代表的なビジネス経済紙。サーモンピンクの紙面が特徴的。発行部数は、紙と電子版を合わせて約73万。うち50万が電子版でこの5年で大きく増加している。