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日本人が14年連続で受賞しているイグ・ノーベル賞 ――奥深い受賞研究の数々と日本人の受賞が多い理由とは? 

投稿日 : 2021年03月01日

日本科学未来館 科学コミュニケーター 山本 朋範さんに聞く

 


日本科学未来館  科学コミュニケーター 山本 朋範さん(写真提供:日本科学未来館)

ノーベル賞とともに毎年話題になる「イグ・ノーベル賞」。ノーベル賞のパロディで、その名も「ノーベル賞」に否定を表す英語の接頭語「Ig」(~でない)をくっつけたもの。毎年10部門程度で授賞対象が発表されます。

 

2020年9月には、京都大学・霊長類研究所の西村剛准教授を含む国際研究チームが同賞を受賞しました。この研究は、ワニにヘリウムガスを吸わせ、そのうなり声が高くなることから、人間と同じように喉の声帯様の器官で作られた音源で共鳴を作っていることを突き止めたというものです。これによって爬虫類による共鳴の存在が初めて明らかになりました。

 

イグ・ノーベル賞の受賞者には日本人も多く、1992年に資生堂の研究チームが「足の匂いの原因となる化学物質の特定」の研究で医学賞を受賞。それ以来、同賞30年の歴史で日本人の受賞は今回で26回目、2007年から14年連続となりました。

 

そこで、日本科学未来館 科学コミュニケーターの山本 朋範さんに、イグ・ノーベル賞のコンセプトや、日本人の受賞が多い理由などについて聞きました。

 

 

 

 

 


 

 

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イグ・ノーベル賞のコンセプトとは

 

Q1.毎年ノーベル賞とともに話題になるイグ・ノーベル賞ですが、そのコンセプトや目的について教えて下さい。

 

イグ・ノーベル賞では、「笑えて、そして考えさせられる」という基準によって、毎年10の業績が選ばれます。ユーモア系科学誌『Annals of Improbable Research(風変わりな研究の年報)』編集長のMarc Abrahams(マーク・エイブラハムズ)氏が1991年に創設し、2020年9月の授賞式で30回目を迎えました。


笑える業績がリストアップされるので、面白い要素に注目が集まりがちですが、選考基準の後半にある「考えさせられる」ことも大切な要素です。「なぜそんな研究をしたのか」と研究そのものに興味がわくこともあれば、考えたこともなかった日常の死角に気づかされることもあります。


日ごろから脚光を浴びるわけではないけれど、笑えて、深く考えるきっかけをくれる業績を取り上げるのがイグ・ノーベル賞です。


私が科学コミュニケーターとして所属する日本科学未来館でも、そんなイグ・ノーベル賞を通して研究の面白さと楽しさ、そして奥深さを味わうイベントの開催、ブログ記事の執筆などを続けています。

 

 

ワニにヘリウムガスを・・・地道で真面目な研究

 

Q2. 2020年には、ワニに声色を変えるヘリウムガスを吸わせてコミュニケーション方法を調べた京都大学の西村剛准教授らのチームが受賞するなど、日本人が14年連続で受賞しています。


これまで同賞を受賞した日本人による研究やプロジェクトで特にユニークなものをいくつかご紹介下さい。また、それらの研究はどのような目的で行われたものだったかについても教えて下さい。

西村氏らの音響学賞の研究では、ヘリウム交じりの空気でトリ以外の爬虫類(鳥類は爬虫類に含まれるという考え方が主流です)の声の高さが変わることが世界で最初に示されました。当然の結果にも思えます。実際、サルやトリでも声の高さが変わるのですが、意外なことにカエルの声は変わらないそうです。「ワニにヘリウム」と聞くと思わず笑ってしまいますが、実は「そんなことが分かっていないの?」という謎を解決していく、地道で真面目な研究なのです。


もう1つ紹介しましょう。国立国際医療センター研究所(現国立国際医療研究センター)の研究員、山本麻由氏は、「牛糞からバニラの香りを抽出する方法の開発」によって、2007年に化学賞を受賞しました。バニラの甘い香りの主成分は、バニリンと呼ばれる物質です。バニリンは植物に含まれるリグニンから作ることができます。ウシは草食なので、フンからバニリンを作るという作戦には、ある種の筋が通ってはいます。ウシのフンがスイーツに甘い香りをつけるのにも使えるかもしれません。廃棄物や排せつ物の見方を変えてくれる研究です。食べてみたい人は多くないかもしれませんが。


イグ・ノーベル賞の選考対象は、学術研究に限りません。例えば井上大佑氏は、「お互いを許容しあう全く新しい方法を人々に提供した」という理由で、カラオケを考案した(世界初の考案者ではなく、初めてビジネス化に成功した人物だという指摘もあります)業績に対して2004年に平和賞を授与されました。言われてみれば、お金を出してお互いの歌を聞くという“平和”の形の何が、様々な文化圏に生きるヒトをそこまで魅了するのか、とても不思議です。

 


日本人の受賞が多い理由とは?

 

Q3.これまで多くの日本人が同賞を受賞していますが、その理由は何だと考えられますか?


日本科学未来館に賞の創設者であるMarc Abrahams氏をお招きし、私たちも同じ質問をしたことがあります。「変わったことをして脚光を浴びた人物が身の周りから現れると、それを誇る文化が日本にはあるのではないか」という回答でした。日本はむしろ同調圧力が強い印象もありますが、Abrahams氏によれば「文学のように、軋轢の中から生まれる文化なのでは」とのこと。確かに、日ごろ大人しくしている分、破天荒な人が現れた時には思わず称賛してしまうところがあるかもしれません。


私見ですが、日本の研究者や開発者の層の厚さやスキルの高さと、それを支える経済基盤があったことも重要だと思います。また、お金にならないことをハイレベルに達成する人を「才能の無駄遣い」という表現で称賛するような文化も、理由のひとつと考えています。

 

2018年にMarc Abrahams氏が日本科学未来館を訪問した時の様子(写真提供:日本科学未来館)

 

 

イグ・ノーベル賞をもっと楽しむためのポイント


Q4. イグ・ノーベル賞に注目する意義はどのような点にありますか? また、今後、イグ・ノーベル賞の発表を聞く際に、どのような点に着目するとより楽しめるでしょうか?


科学や研究は難しくて縁がないと感じる方も多いかもしれませんが、「笑えて、そして考えさせられる」という選考基準によって、イグ・ノーベル賞においては科学への敷居が下がっています。


「ワニにヘリウム」の研究チームの西村氏にお話を伺った際、基礎科学の研究について「ひらがなで“かがく”と書くくらいの半分遊び心でやるものという感覚」と表現されていたのが印象的でした。“かがく”は本来、好奇心を満たす楽しいものです。イグ・ノーベル賞をきっかけに、“かがく”が大好きな方はもちろん、“かがく”に苦手意識のある方も、笑って、考えながら、楽しんでいただけると嬉しいです。


ただし、イグ・ノーベル賞の授賞式を見ていても、受賞者が60秒しかスピーチさせてもらえないので、よくわからないまま次の話題に移ってしまうことも時々おこります。私たち日本科学未来館のブログやイベントでは、受賞業績の解説も交えながら皆さんと“かがく”を楽しんでいます。

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