インタビューシリーズ Vol.5 日本赤十字社 近衞忠煇社長
投稿日 : 2013年02月13日
東日本大震災の発生から早くも2年が経ちました。赤阪理事長(写真右)は日本赤十字社の近衞忠煇社長(写真左)をお訪ねし、国際赤十字・赤新月社連盟会長就任以来、数々の災害の緊急対応や復興に精力的に活動されている近衞社長に、近年、世界で多発、大規模・複合化する自然災害対応の備えや課題、更に原子力災害への新たな取り組みについて伺いました。
大規模災害への対応
赤阪理事長(以下赤阪):近年、四川、パキスタン、ハイチ、そして東日本大震災と、世界中で大きな自然災害が続いて発生しました。国際赤十字・赤新月社連盟会長として、このような大規模災害対応の問題点や課題にどう対処されていらっしゃるのでしょうか。
近衞社長(以下社長):会長就任2か月後にハイチ地震があり、翌年には東日本大震災が起こり、連盟の会長として現場にも行き対応しました。ハイチと東日本の震災は、世界の最貧国と先進国で起きた点では対照的でしたが、両者とも未曽有の大災害でグローバルな関心を呼び、グローバルな対応を求められた点で共通していました。ハイチの場合は国際的緊急アピールを出して支援を呼びかけたところ、連盟の歴史の中でも一番大きな資金が集まりました。更に、医療、水、衛生など専門の緊急支援チームを16カ国から派遣したのも初めてでした。東日本ではアピールは出しませんでしたが、90を超える国.・機関から日赤に対して金額で600億円弱の支援を受けました。クウェート政府からいただいた500万バレルの原油を現金化し、400億円くらいになり、合計1000億円弱の資金が私共に集まりました。どちらも大災害への緊急対応を求められ、加えて長期の復興に関わらざるを得なくなったことが大きな特徴です。長期復興にどうかかわるかは我々にとって大きなチャレンジであり、それを将来の災害に対する「レジリエンス」、災害に対する対応能力を強化するために活かさなければならないと考えています。
赤阪:大災害が起きた時の緊急支援は、各国から或いは個人からも含めて寄付が集まりやすいですが、中長期的な復興資金となるとかなり少なくなり、そのつなぎが難しいと言われます。災害への対応については十分な活動資金がえられていらっしゃいますか。
社長:ケース・バイ・ケースです。ハイチではむしろ短期では消化しきれないくらい集まりました。元通りに復旧したのでは最貧国に戻すことにしかならないので、“build back better”ということばを掲げ、国の発展のグランド・デザインに沿って復興計画を立てようとしましたが、政府の力が弱く、思い通りにはいきませんでした。日本の場合も同じで、復興の基本方針が決まらないので、資金をどう効果的に使うか悩みました。一般的に言って、注目される災害の場合、緊急支援のための資金の問題はあまりないのですが、注目されない(neglected, forgotten)災害では常に資金が不足します。例えばサヘル地域では、貧困、食料不足、感染症など慢性的な支援のニーズがある上に治安が悪く、複合的な危機があります。こういうところにどう国際的な関心を向けてもらうかは、大きな課題だと思います。復興支援については、国際赤十字・赤新月社連盟がアピールを出す際に、最初から10%が振り分けられることになっています。
国際的なボランティアの活動
赤阪:一昨年は国際ボランティア年で、国連広報局は国連ボランティア計画(UNV)と一緒に国際会議を開催しました。ボランティアは今や数千万人単位で世界で活躍されておられるといわれています。このボランティアの活動をより活発化させる、活用するにあたってどういう工夫をしておられるのでしょうか。
社長:赤十字の原則のひとつは「奉仕」で、ボランティアによる活動を中心としている社も多く、ボランティアがいかに良く組織されているかが、その社の実力を測るバロメーターになっています。連盟では、「国際ボランティア年」をきっかけに、国際労働機関(ILO)とジョンズ・ホプキンス大学と共同でボランティア活動の実態調査を行いました。「年間4時間以上のサービスを提供した実績のある人」というボランティアの定義をあてはめて調査をしたら、その数は世界でおよそ1300万人、その活動の社会的、経済的な貢献度は2011年には60億米ドル(約5400億円)となりました。災害救護では、およそ3000万人にサービスを提供しているという数字が出ました。草の根から国際的なレベルまでいるボランティアが、連携して活動を展開できるならば、それが大きな力となることはハイチや東日本大震災の例でも明らかです。
先日アフリカのブルンジに行きました。貧しい国では、赤十字も先進国の援助便りというのが昨今までの姿でしたが、末端のコミュニティの8~9割にボランティア組織を作り、草の根レベルから活動を始めたところ、崩壊しつつあったアフリカの伝統的なコミュニティが再構築され、地域に根付いた活動が自立してできるようになりました。貧しい国の赤十字が自立する上で、一つのモデルとされています。多くの病院や職員を抱える日赤は、東日本大震災でも多くの救護班を長期間派遣しましたが、あれだけの大災害になると、行政の目の届かないニーズは無限にあり、末端の赤十字のボランティア組織をもっと効果的に活用すれば、よりきめの細かいサービスの提供が出来たのではないかと反省しています。
東日本大震災の復興支援
赤阪:東日本大震災で海外からの支援を受けられて実施した復興支援事業についていくつか特徴的な事例をお話しいただけますか。
社長:我々から援助の要請をしなかったにも拘わらず、海外からの支援をたくさん受けました。支援してくださった方々の期待にどのように応えるか、すなわち資金の使途についての透明性と説明責任をどのように果たすかが大きな課題になりました。そこで、各国の赤十字の代表を招き、被災地の現場を見て、我々と一緒にプランを考えてもらい、その実施状況を定期的に報告しました。また、国際的な会計監査基準を採用し、国際チームによる国際的な評価を受けるなどしてアカウンタビリティを高めました。そして、各国の赤十字が、それぞれの地元のドナーへの情報提供を行えるようにしました。そうして得られた信頼が、次の仕事につながってくると思います。
近年、インターネットの普及もあり、援助者と被援助者という図式が急速に変わってきています。経済成長の著しい途上国の一部は、自立し、他を支援できるようになっています。東日本大震災では、貧しい多くの国の子供たちが、金額的には大きくはありませんが、その国の赤十字を通じて支援してくれました。
赤阪:東日本大震災では、日本赤十字社に寄せられた3200億円を超える義援金はほぼ全額が被災地に届けられています。その迅速で公平な配分ということについてはいろいろとご苦労されたと思いますが、どのような努力をなさっていますか。
社長:寄付をしてくださった方々には、「被災者に一日も早く自分たちの気持ちを届けてほしい」という思いが当然あったと思います。被災者の状況を一番把握しているのは地元の自治体ですが、実態の把握には大変時間がかかります。現金は相手を特定できないとお渡しできません。お渡しする一定の基準はあっても、今回のような大規模な災害では「一番支援を必要とする被災者はだれか」から議論しないと公平性が問われます。私どもは、従来行政に代わって寄付を集め、使い道は行政にゆだねるという考え方でいたのですが、寄付者の多くから「赤十字に託したのだから主体的に使え」「赤十字が集めたものはどう使ったかきちんと報告しろ」といった声も聞かれ、そもそも義援金は誰のための誰のものなのかから考え直さなければならなくなりました。これまでどおり、赤十字は募金をして配分は地方自治体がするとしても、自治体の考えも様々で意見統一に苦労しています。義援金は一定の基準に従い、現金給付という形で、行政の手を借りて、配分させていただいているので、特に迅速性にはいろいろな制約があります。今回は結果として、家族や家を失くされた方等45万件に、一件当たり114万円をお届けいたしました。その一方で、日赤が海外の赤十字等から受けた救援金は、日赤が被災自治体と直接交渉して、使途を決めたのでより早く実施出来たといえるでしょう。たとえば、仮設や借り上げ住宅に移住された13万の被災世帯に「家電六点セット」をお配りしたり、病院を復旧したり、福祉の車両を提供したりしましたが、行政が行うよりも早くできました。
原子力災害への備え
赤阪:今回は地震があって津波があって、そのうえ福島第一原発の事故があり、原子力災害でもありました。IFRC(国際赤十字・赤新月社連盟)は、平成23年11月のIFRC総会における「原子力災害時の備えの強化」との決議を受け、昨年5月に原子力災害対策赤十字会議を東京で開催しました。その後この原子力災害に赤十字社としてどのように具体的に対応するとお考えですか。
社長:決議に至る共通認識としては、「原発が存在する以上、万が一に備えておく必要がある」ということであり、各国が持っている情報をまずは共有することになりました。具体的に赤十字がどうかかわるかは、各国の事情にゆだねるということになります。どこの国でも事故が起きないという前提で原子力発電所を設立しているので、万が一を想定しての情報の提供は限られて来ました。わが国では、周辺住民ですら事故の可能性についてはほとんど知らされていませんでしたし、救援に駆け付けた医療従事者も訓練を受けていませんでした。起こりうる事態を想定し、それに対して誰がどう責任を持って対応すべきかを考えておくべきであり、その参考となるガイドラインを作ることになっています。日赤には3人の専従職員がおり、IFRC本部では2月に専従の職員が決まり、その具体的な取り組みが始まりました。日赤は海外から頂いた資金を使って、福島県内での長期にわたる活動に備えてホールボディーカウンター等の機材を購入し活動を続けています。チェルノブイリ原発事故では、27年が経過しましたが、次第に世界の関心が薄れ、資金が集まらず活動を続けることが難しくなっています。しかしながら、被災地では住民の健康管理にまだ多くの問題を抱えており、当事国だけでは対応が不可能なため、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの赤十字は世界からの支援が引き続き必要だと訴えています。
赤阪:今後もまだまだ復興作業が続きます。社長の仕事もますます大変だと思いますが、どうぞお体を大切になさって引き続きご活躍なさってください。フォーリン・プレスセンターも少しでもお役にたてればと思っております。今日は長時間ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。