【Opinions】小笠原悦子氏/順天堂大学 女性スポーツ研究センター長 (順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授): 女性アスリートをめぐる課題と現状
投稿日 : 2016年04月14日
「女性アスリートをめぐる課題と現状
~2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて~」
2020年の東京オリンピック・パラリンピックまであと4年。日本がホスト国としてどのような大会を目指すかに国際社会の注目が集まっている。スポーツをめぐる様々な課題のなかで、日本が取り組むべきテーマの一つに、女性アスリートの支援がある。サッカー日本女子代表「なでしこジャパン」らの華々しい活躍に光が当たる一方、生活のために副業を余儀なくされたり、結婚・出産が競技継続のハードルとなったりしやすい女性アスリートへの支援は、米国など先進国に比べ後れをとっているからだ。2014年から開設された順天堂大学女性スポーツ研究センターの小笠原悦子センター長(順天堂大学教授)に、女性アスリート支援をめぐる日本の現状と今後の課題について聞いた。
~「アスリートはアスリート?」~
フォーリン・プレスセンター(以下FPCJ):小笠原先生は、女性アスリートをとりまく様々な課題を研究されています。日本ではまだ研究が進んでいない分野だそうですね。
小笠原氏:これまでの日本では、「アスリートはアスリート」であり、男性か女性かは重視されてきませんでした。しかし、実際には、女性の身体の変化や、結婚・出産・育児を含むライフスタイルにあったコーチングやサポートが必要であり、その理解が進まないことで貴重な才能が発掘されなかったり、才能が途中でつぶれてしまったり、結婚や出産で競技をあきらめたりということが多々起きています。
順天堂大学女性スポーツ研究センターは、平成23・24年度の文科省の委託事業プロジェクト(女性アスリートの戦略的強化支援方策に関する調査研究)のために、NPO法人ジュース(JWS)のメンバーが母体となって立ち上がりました。私たちはこのプロジェクトのある調査で、現役や元アスリート、コーチ、各競技の強化委員など男女約30人にインタビューを行い、女性アスリートや潜在的能力を持つ女性が直面しやすい課題を3つに整理しました。
一つめは、「身体・生理的な課題」です。身体の変化が女性をスポーツから遠ざける一因になり、高校進学のタイミングで、スポーツに熱心に取り組む女子生徒が約40%から20%に半減するというデータもあります。2つめは、「心理・社会的な課題」。セクハラやパワハラ、結婚・出産・育児への周囲の理解の低さがこれにあたります。学校の部活動では体罰を含む暴力的な指導をするケースが後を絶ちませんでしたし、日本代表クラスでも、女子柔道の選手が監督の暴力やパワハラを告発した例があります。3つめは、「組織・環境的な課題」。日本のスポーツ界は男性社会で、組織に女性のポジションはあっても発言は期待されず、男性の視点で物事が考えられているのが現状です。
~ 日本が取り組むべき課題 ~
FPCJ:日本では「男性アスリート」「女性アスリート」という考え方はあまりされてこなかったのですね。意外です。
小笠原氏:そのとおりです。女性アスリートの一生を、結婚・出産やセカンドキャリアも含めた長いビジョンで捉えるという思考が欠けていたのです。若い時から男性と同じように扱われて練習してきた女性アスリートのなかには、一見強そうに見える選手もいます。しかし、すぐに疲労骨折をしたり、ケガをしたりして、頭角を現す…というところまで行かずに競技生活を終えてしまっていました。本人にとっても、日本のスポーツ界にとっても不幸なことです。
女性がアスリートを目指す育成期から、開花する熟達期、結婚や出産、育児との両立、引退後のセカンドキャリア期を通じて、心身ともに充実した最高のパフォーマンスができるようサポートしていくことが必要です。その方法は男性アスリートへの支援とは異なるものなのですが、あまり関心が示されてこなかった経緯があります。
FPCJ:女性アスリートへの理解が進んでいない日本が、お手本とすべき国はどのような国でしょうか。
小笠原氏:米国とカナダが非常に進んでいます。古くから組織的に取り組んでいるのはカナダです。カナダ女性スポーツ振興協会(CAAWS)というNPO団体があり、政府や、スポーツ界全体の指導体制の充実を目指すカナダコーチング協会(CAC)といった組織と連携し、各競技でうまく機能しています。
米国では国よりも大学組織が中心となり、大学間のスポーツクラブの運営などを行う全米大学競技スポーツ協会(NCAA)が、女性アスリートや女性コーチ育成の支援に力を入れています。アメリカ女性スポーツ財団(WSF)というNPO団体もあり、政策提言などを行っています。
こうした先進国では、女性アスリートが心身のピークを迎えるまで支えるという考え方が一般的です。実は、女性は出産するとカルシウムの量が増えて骨が強くなるので、アスリートとしての2回目のピークが来ます。それを知っているから、女性アスリートの結婚や出産を応援するんですね。日本ではこのような知識もまだ広く知られておらず、「子供を産んでもまだやるの?」といわれてしまいます。
ところが、最近ようやく、日本でも風向きが変わり始めています。これまで他国の先進事例を知ろうとしなかった人々が、2020年の東京五輪・パラリンピックを前に、「日本も取り組まなければならない問題だ」と気付き始めたのです。今が、変わるチャンスだと思っています。
~ 国際スタンダードを知ることから ~
FPCJ: 2020年に向けて現状を改善していくためには、何が必要だとお考えでしょうか。
小笠原氏:まずは、米国やカナダなどの先進国がこの問題において大事だと感じている価値観、知識や考え方を、日本の選手やコーチ、関係者が知ることです。しかし、日本人は英語が苦手な人も多いですから、最新の情報を収集するうえで言葉も障壁になっていると思います。
スポーツを男性の視点で考えてきた組織文化も、変わっていく必要があります。たとえば、なでしこジャパンの選手などであっても、昔は更衣室のないところで着替えることがあっても、「サッカーができればいい」と、不思議に思わなかったそうです。でも、女性の視点で考えればやはりおかしいことです。
FPCJ: 先生ご自身は、具体的にどのような活動をされていますか。
小笠原氏:現状を変えるためには、指導者の存在が大きいと考えています。女性アスリートへの理解を深める活動をする仲間を育てたいという思いから、2015年9月、3日間の合宿プログラム「女性コーチアカデミー2015」を軽井沢で開講しました(写真右)。元プロテニスプレーヤーの杉山愛さん、元柔道五輪金メダリストの塚田真希さんなど32名が参加しました。杉山さんは、お子さんに授乳しながら、ご主人の支援を受けて参加しました。
プログラムでは、私のほか、日本オリンピック委員会(JOC)理事の山口香さんなど多彩な講師陣が、女性アスリートの心身のコンディショニング法、ワークライフバランス、コーチとしての適性を考える自己分析などについて講義しました。これまでにこのような内容について学ぶ場はなく、参加者には「もっと早く知っていれば…」という気づきが沢山あったようです。
今後も継続的に実施して、今後は、これまでの受講生から、こういったテーマの講師を出すという循環が生まれたら嬉しいです。こうした活動の中から、女性アスリートをめぐる問題を提起し、現状を改善していくムーブメントを起こせる人が出てきてほしいと考えています。
また、私は、各国のスポーツ政策の関係者が集まる「国際女性スポーツワーキンググループ(IWG)」のアジア代表を務めています。IWGが主催する「世界女性スポーツ会議」は、2006年に熊本で開催されました(写真左)。次回会議は、2018年アフリカのボツワナで開催されます。女性アスリートへの注目を高めるよい機会になると思います。日本のスポーツ界に変革をもたらすのはすぐには難しいことかもしれませんが、2020年に向けて、諦めずに取り組んでいきたいと思います。
FPCJ: 先生の情熱が伝わってきました。本日はありがとうございました。
※「女性コーチアカデミー2015」と「2006年世界女性スポーツ会議」の写真は、順天堂大学女性スポーツ研究センターよりご提供いただきました。
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<略歴> 2014年8月から順天堂大学女性スポーツ研究センター長。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授。中京大学、鹿屋体育大学で水泳コーチとして活躍後、1997年オハイオ州立大学にて博士号(スポーツマネジメント)を取得。2006年の「世界女性スポーツ会議くまもと」では、国際女性スポーツワーキンググループ(IWG)の共同議長を務めた。OCA(アジアオリンピック評議会)及びJOC(日本オリンピック委員会)の女性スポーツ委員会委員も務めた。