実施日 : 2016年03月03日 - 04日
報告:岩手県沿岸部プレスツアー 5年目の復興
投稿日 : 2016年05月17日
東日本大震災から5年を迎える岩手県沿岸部の復興状況を取材するため、FPCJ企画・主催によるプレスツアーを実施しました。岩手県沿岸の中部に位置する大槌町と宮古市田老地区で生活再建に向け奮闘する人々を中心に取材した本プレスツアーには、中国、台湾、韓国、ベトナム、シンガポール、フランス、イタリア、ドイツ、米国の9か国/地域から16名の記者が参加しました。
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【1日目 大槌町】
1.市街地と旧役場の撮影
記者一行はまず、城山公園の高台からかさ上げ工事が進む大槌町の様子を撮影するとともに、復興ツーリズム事業を行っている一般社団法人おらが大槌夢広場の神谷未生さんから震災当時の様子や被害状況の説明を受けました。現在も全く建物がない町を見た記者から、「5年たったのになぜ復興が進んでいないのか」と問う声がありました。
大きな被害を受けた旧役場前では、町長をはじめ町職員多数が犠牲となった経緯や今後の復興計画について説明を受けました。記者は、市街地のかさ上げの高さ、防潮堤の建設、旧役場の解体などについて神谷さんに質問を投げかけました。
2.大槌復興刺し子プロジェクト(NPO法人テラ・ルネッサンス)
被災した女性に居場所と仕事を提供し続けている「大槌復興刺し子プロジェクト」を取材しました。プロジェクトの立ち上げ人である吉野和也さんは、物資ではなく仕事を提供する同プロジェクトをはじめた経緯や、プロジェクトのおかげで孫にジュースを買ってあげることができたという被災者の声を紹介しました。記者はそれぞれ被災者にインタビューし、現在の生活や刺し子プロジェクトに参加しての感想、今後の生活の見通しなどについて話を聞きました。
3.小鎚第8仮設団地
未だ多くの被災者が仮設住宅で暮らしている現状を取材するため、大槌町で2 番目に入居者が多い小鎚第8仮設団地を訪れました。団地内の様子を撮影した後、住民の見守りを行う生活支援相談員や復興支援員に、活動内容や求められる支援の変化について聞きました。記者からは、「仮設団地ではどのようなトラブルがあるか」、「仮設住宅の入居期間が当初の3年から5年に延びているが、今後の予定は」、「孤独死を防ぐ仕組みはあるのか」などの質問が挙がりました。その後の住民へのインタビューでは、自宅再建に向けた計画に関し、建設費の高騰や人手不足という課題についても聞きました。
4.大ヶ口一丁目町営住宅
続いて、記者一行は町営の災害公営住宅を訪れ、仮設から恒久住宅へ移った住民に取材しました。家族世帯に加え、単身者や高齢者向けの住居がある大ヶ口一丁目町営住宅内を、町役場職員の説明を聞きながら撮影しました。生活支援相談員からは、災害公営住宅の住民が抱える課題として、騒音や新しいコミュニティに馴染めない人への対応などが指摘されました。記者からは、「家賃はいくらか」、「住民の職業は何か」、「この公営住宅は被災者以外でも住めるのか」といった質問が出ました。住民へのインタビューでは、震災から現在に至るまでの経緯や町営住宅での暮らしについて質問しました。
5.大槌町長へのインタビュー
はじめに、高橋新吾・大槌町総合政策課長より震災時の町の被害状況、復興の現状、復興計画の見直しについて説明を受けました。復興住宅の建設が遅れている理由を問われた高橋課長は、建設地の地権者を見つけるのに時間がかかった点を指摘し、一筋縄ではいかない復興を巡る現状について説明しました。
インタビューで震災の教訓について問われた平野公三町長は、震災当時職員として勤務していた役場で同僚が津波に流されるのを目の当たりにした体験を語り、「命ははかないということ。建物ではなく心でまちづくりを進めていきたい」と復興への思いを語りました。さらに記者からは、「5年たち防潮堤の建設に対する町民の意見に変化はあるか」、「旧役場を解体する公約を掲げた意味は何か」といった質問が出ました。
6.コラボスクール 大槌臨学舎(NPO法人カタリバ)
子どもたちに放課後の学習スペースを提供するとともに、心のケアも行うコラボスクールを取材しました。校舎長の菅野祐太さんから、未だに大槌町で30%を超える生徒が仮設住まいである現状や、学ぶことを通して震災の悲しい体験乗り越え、大槌町を支える人材を育成するというスクールの目標について説明を受けました。
高校3年生の前川美里さんは、「学校に行きたくないと感じた時にコラボスクールに居場所を見つけ、地域の課題解決に取組む『マイプロジェクト』に参加することが楽しかった」と記者に語りました。また、「震災を経験して学んだことは何か」と問われ、「命を大切にし、今を大切にすること」とかみしめるように答えました。
【2日目 大槌町、宮古市田老地区】
7.ど真ん中・おおつち協同組合
壊滅的な津波被害を受けた水産加工業の復興について取材するため、4社で組合を立ち上げた「ど真ん中・おおつち協同組合」を取材しました。浦田商店の浦田克利さんからは、4社が集まりさまざまな支援を受けながら事業の再開に至った経緯について説明を受けました。「5年たった今の復興状況についてどう思うか」との記者の質問に対し、浦田さんは「震災前より小さい工場だが、ここまで再開できるとは思っていなかった」と感慨深げに答えました。組合代表理事を務める芳賀鮮魚店の芳賀政和さんからは、冷蔵庫の再建が進まず安定した食材の確保ができていないという課題について聞きました。
8.宮古市長インタビュー
山本正德市長から、宮古市田老地区を中心に震災当時の津波被害や復興状況などについて説明を受けました。山本市長は、明治時代から3度の大津波におそわれた田老地区の被害者数がその都度大幅に減ってきていることを指摘しつつ、「これで安心するのではなく、被害者をゼロにすることが大切」と更なる防災への意気込みを語りました。また今回の震災から得た教訓について問う記者の質問には、「2011年の時より高い津波が来る可能性もある。ハード面だけに頼るのではなく日ごろから訓練し備えなければいけない」と答えました。
9.たろちゃんハウス
仮設商店街「たろちゃんハウス」を訪れ、たろちゃん協同組合の箱石英夫理事長から、仮設商店街を出て新たな場所で再建を果たした店舗が増えつつある状況について説明を受けました。一方で菓子店舗を営む田中和七さんは、「仮設住宅の住民も半数に減り、利用客も減ってきているが、仮設住宅の住民の生活を支えている仮設店舗が移転すると困る人もいる」と難しい現状を語りました。
10.高台(三王団地)
震災後に整備された岩手県最大規模の高台を訪れ、田老地区住民の高台移転の様子を取材しました。記者一行は、高台に作られた三王団地を見下ろす場所で、宮古市の都市整備局担当者から、まちづくり計画や三王団地の概要について説明を受けました。また、たろちゃんハウスでも取材した田中和七さんは三王団地に自宅を再建しており、高台での生活再建を選択した思いについて聞きました。
11.津田写真時計店
たろちゃんハウスから出て、最初に店舗再建を果たした津田重雄さんに、被災から市街地で生活を再建するまでの経緯を聞きました。「一度津波を経験して、なぜまた同じ場所に戻る選択をしたのか」と問う記者に対し、津田さんは「同じ津波が来ても高くした防潮堤と土地のかさ上げで大丈夫だと太鼓判を押された。それにここが好きだから」と答えました。他には、震災当時の様子や現在の経営状況、防潮堤の安全性について質問が出ました。また、津田さんの父親が撮影した昭和三陸地震前後の旧田老町の貴重な写真を記者は興味深く見入っていました。
12.防潮堤(学ぶ防災ガイド)
ツアーの最後に、補強された防潮堤の上で、宮古観光文化交流協会の元田久美子さんに震災の歴史と教訓について説明を受けました。旧田老町が幾度も大津波に襲われながらも、地元の人々が漁師の町の住民として海の近くに住む選択をしてきた歴史や、5年前の震災当時の様子について聞きました。元田さんは、「防潮堤は津波を食い止めるためではない」と述べ、田老地区の教訓として逃げることの大切さを訴えました。記者は、復興が少しずつ進む田老地区の風景を思い思いにカメラにおさめました。