今月の雑誌から:日本がとるべき経済安全保障政策とは
投稿日 : 2021年08月31日
コロナ禍初期のマスク不足、現在のワクチン供給の遅れ、半導体の世界シェア凋落などを背景に、自民党や経済同友会の最近の提言などもあって、今月の月刊誌には、日本の経済安全保障についての論考が数多くみられる。文藝春秋9月号は、北村滋前国家安全保障局(NSS)局長によるビッグデータ時代の経済安全保障のポイント説明を掲載している。『外交』7・8月号は、経済の安定や資源確保に重点を置いたこれまでの経済安全保障が、「経済を使った覇権争い」への対応に力点が変わったとして、特集を組んで、自民党の提言を取りまとめた甘利明衆議院議員とのインタビューなど多くの関連記事を掲載している。さらに、『Voice』も経済同友会の提言の背景をさぐっている。
■「『経済安全保障』とは何か?」北村滋 前国家安全保障局(NSS)局長(『文藝春秋』9月号)
この記事の中で北村氏は、「世界では正に今『経済安全保障』の時代が到来」しているとし、安全保障の分野が近年、軍事から経済へと拡大しつつあるが、日本国内では経済安全保障に対する危機感が高まっていないと警鐘を鳴らす。かつては、インターネットのように軍事由来の技術が民間に転用されたが、いまやAIやドローンのような民間先端技術が軍事転用されており、産業構造の地殻変動が起きている。同氏が手掛けたNSSの「経済班」は、こうした世界情勢の変化に対する危機感から、2020年4月に発足したという。
同氏は、21世紀が「データの時代」であることが最大のポイントと強調、データにまつわる技術の総体が国の命運を決定づけるとし、データの時代における技術覇権の角逐に対応する経済安全保障政策が急務と説く。
また北村氏は、中国の経済的、軍事的台頭によって経済安全保障についての危機意識が高まったとし、一帯一路を進める中国が最終的に目指すのは「中国の資金を潤滑油とする、非公式な同盟による枠組み形成」であり、対等な繋がりではなく「中国を頂点としたピラミッド型の国家連合」ではないかと見る。この現状の「国際秩序」に挑戦する中国の政治的野心に気づいた米国は、トランプ政権下で、投資管理強化と輸出管理強化で、先端技術の中国への流出を防ごうとしたという。
翻って国内では、経済安全保障上さまざまな問題が生じていると北村氏は指摘。株主への不当な圧力があったと批判される東芝と外資ファンドとの攻防については、原子力や量子暗号事業など我が国の安全保障に密接にかかわる東芝に対し、安全保障の観点から経産省が同社と連携し、アドバイスすることは何ら違法ではなく「当然のこと」と言い切る。そして、「今後は外国人投資家による先端技術を取り扱うコア企業の株式買収には、より厳格な手続きが求められるようになる」と予想する。
北村氏は、日本が今後、技術優越性を確保するためには、安全保障に資する重要技術を「特定」したうえで、それを「育成」、「保全」していくことが重要と説明する。そして、経済安全保障政策は、国家の圧力とか自由競争への阻害といった誤解を受けやすいとして、重要なのは国民の理解が得られるかどうかであり、積極的な広報活動や啓蒙活動が必要だと指摘している。
■「『戦略的自律性』と『戦略的不可欠性』の確立は急務 ー DX社会を見据えた経済安保戦略」甘利明 衆議院議員インタビュー、聞き手:田中明彦 政策研究大学院大学学長・『外交』編集委員長(『外交』7/8月号、Vol. 68)
自民党政務調査会・新国際秩序創造戦略本部の座長として、最近経済安全保障について二つの提言を取りまとめた甘利氏は、「DX社会の到来によって、経済安全保障のフェーズが一気に変わった」という。DXにおいては、データ集積がカギを握るためそれを担う半導体が侵害されたらありとあらゆる領域に被害が及ぶとし、影響の広範さや深刻さゆえ、経済安全保障は国家や産業、私たちの生活を守るために不可欠な要素だと強調する。
同氏によれば、経済安保の要諦は、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」にある。前者は、いかなる状況下でも他国に過度に依存しない国民生活と正常な経済運営の確保である。後者は、国際社会全体の産業構造の中で日本の存在が不可欠な分野を拡大すること、すなわち、自国のチョークポイント(急所)を克服し、相手のチョークポイントを握ることだという。
甘利氏は、「戦略基盤産業」として、情報通信、エネルギー、交通・海上物流、金融、医療の5分野全てを重視すべきと訴える。また、チョークポイントは医療用のマスクや手袋のような日用品にも広範に存在するが、すべてを日本独力でまかなうわけにはいかず、価値観を共有する国、リスクの低い国とのサプライチェーンを構築できるかがカギになると説く。甘利氏は、戦略的自律性の確保は、きちんとリサーチすれば実情を把握できるし、対応も可能と見る。一方、戦略的不可欠性はより困難で、機微技術や次世代技術の発展に貢献できるシーズを発掘し、その優位性を確保していくことが重要だと指摘する。同氏によると、内閣府では研究、教育、資金獲得に関するエビデンスを収集し、データベース化する試みが始まっているほか、10兆円規模の大学ファンドの運用が、来年度から本格的に始まる。
甘利氏は、半導体および関連製品が全て外国製といった「半導体がチョークポイントになるような事態」は絶対に避けねばならないという。適切な貿易管理に加え、日本国内における半導体産業の活性化が不可欠であると強調する。また、国家安全保障局(NSS)経済班を司令塔にした、政府の経済安保への取り組み強化を期待するとともに、その基本理念を明らかにした「経済安全保障一括推進法」(仮称)の制定を2022年の通常国会で目指すと決意を述べている。
■「現代的経済安全保障の論点」鈴木一人 東京大学教授(『外交』7/8月号、Vol. 68)
鈴木氏は、日本が目指すべき経済安全保障とは、「コストを無視して戦略的重要産業を国内回帰させることではない。日本がグローバルなサプライチェーンで不可欠な存在となり、他国が日本に依存し続けるような技術不拡散の徹底によって達成することができる」と主張する。
同氏は、経済安全保障を「経済的な手段を通じて、国民の生命と財産の安全及び国家としての価値の保全を保障すること」と定義し、それを実現する手段として、「サプライチェーンの安全保障」「技術不拡散による安全保障」「他国の規制からの安全保障」の3点から議論を進める。サプライチェーンの安全保障について鈴木氏は、中国への過度の依存は安全保障上のリスクとの認識を継承するバイデン米政権の例を挙げ、現在のサプライチェーンの安全保障は、戦略的重要品目の脆弱性を低減する「部分的デカップリング」を目指す方向にあると見る。
技術不拡散について同氏は、将来的に軍事転用される可能性のある新興技術の管理のほか、外国資本による企業買収を通じた技術移転、さらには人の移動にともなう技術流出への懸念が高まっていると指摘する。
他国の規制からの安全保障について鈴木氏は、日本が米中の板挟みになる危険性を取り上げる。日本が米国のルールに従って中国との取引を控えるような措置をとれば、中国は「反外国制裁法」に基づき日本に対抗措置をとると指摘。このような状況で日本が生き延びる道は、他国が持たない技術や製品を持ち、流出しないよう管理し、他国に日本は「不可欠」な存在だと認めさせることで、それが経済安全保障上の「抑止力」となると訴える。
■「企業こそが経済安全保障の主役」小柴満信 JSR株式会社名誉会長(『Voice』9月号)
本年4月に経済同友会が発表した提言書「強靭な経済安全保障の確立に向けて」の取りまとめを主導した小柴氏は、現在の世界の動きは激しく、過去の企業経営手法はもはや通用しないとの危機意識が提言の背景にあったと言う。半導体については、経済安全保障のかなめとしてとらえる議論が遅まきながら盛り上がってきたものの、半導体同様に軍事に転用されうる量子技術については徹底的に遅れていると指摘する。
安全保障を担う防衛省と学術界、産業界の関係が必ずしも密接でないため、安全保障の観点からのイノベーションや機微技術が生まれにくく、時代遅れになっていると同氏は嘆く。また、研究者の背景調査、被害をコントロールするためのインテリジェンスの強化も必要と言う。
小柴氏は、研究、オペレーション、経営、何ごとも「分散」が大切で、それぞれの最先端の場所で意思決定できる仕組みが重要だとし、分散によるコスト増は経営戦略として合理的だと強調する。また、米中の覇権争いの中で、企業はレバレッジを下げ、経営をスリム化してバランスシートを強化すべきであると主張する。そして、2025年には技術の「変曲点」が来るとし、量子技術、5G、電池の進化など、これからの数年で世界は激変すると予想。しかしその先の未来のビッグピクチャーは誰も明確に描いていない、企業でいえばビジョンが掲げられていないことが大問題だと危機感を示す。
小柴氏は、国家安全保障とは経済の繁栄があって初めて成り立つもので、そのためには企業の競争力が不可欠との事実が忘れられがちだとし、主役は結局のところ企業であり、経済界自身がその事実を自覚しなければならないと締めくくっている。
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