東アジア外交の新展開
投稿日 : 2016年03月17日
・岸田文雄「動き始めた東アジア近隣外交」『外交』35号
・松田康博「蔡英文政権を試す『一つの中国』論 ― 台湾総統選後の東アジア情勢 ―」『外交』35号
・木村幹×川島真「慰安婦問題合意は米中パワーゲームの『賜物』」『中央公論』3月号
(写真:AP/ アフロ)
■ 東アジア外交の新展開
・岸田文雄「動き始めた東アジア近隣外交」『外交』35号
中国の勢力拡大、歴史問題での中韓との確執など厳しい局面が続いていた日本の東アジア外交だが、昨年後半あたりから流れが変わりつつある。その中で、長年の懸案となっていた慰安婦問題の「決着」を目指す政府間合意が結ばれるなど、日韓関係に新たな動きが生じている。外務大臣の岸田文雄氏は、合意直前のインタビューの中で、東アジア外交の展望について語っている。
近隣諸国との外交の現状については、「……課題が残っていることは確かですが、他方で首脳間の信頼構築は徐々に進んでいます。……最後に残った日韓も、昨年11月に初めて首脳会談が行われました。また外相会談は九回を重ねています」「対話の努力が進められているなかで、首脳会談はもちろん、産経新聞ソウル支局長の無罪判決も、日韓関係全体を安定化させるうえでよい影響を及ぼすことを期待しています」と語った。
ただ、関係改善の方向に動いているか、という質問に対しては、「……楽観も悲観もしていませんし、してはならないと思います。というのも、日韓関係は『これをやれば一挙に関係が改善される』という状況ではありません」と慎重な見方を示した。その上で、「日韓関係、あるいは日中もそうですが、歴史問題であれ、安全保障問題であれ、国民世論が沸騰しやすいイシューです。しかし、外交に携わる者が国民世論と一緒に激高してしまっては、大切な二国間関係を安定的にコントロールすることはできません。難しい状況だからこそ、冷静にかつ毅然とした対応を示し、かつ対話を続けていく必要があります」との姿勢を説明した。今年の日中韓首脳会談の議長国としての立場からは、「日中韓の三ヵ国は、それぞれの国民の利益を増大させることばかりでなく、地域の平和と繁栄に大きな責任を担うべき存在です。そうした観点から三ヵ国の協力の枠組みを維持・発展させなければなりませんし、そのために二国間関係の安定が併せて重要になると考えます」との考えを示した。
また、2016年5月に日本で開催されるG7サミットについては、伝統的に議論される世界経済や政治・外交以外に、日本が重視してきた課題として「……女性の人権、保健衛生分野での貢献、さらには質の高いインフラ投資といったことも取り上げて、有意義な議論を進めたい」と意欲を見せた。自身の地元である広島で開催されるG7外相会合では、昨年の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議で最終文書の合意ができなかったことをふまえ、「……日本は核兵器国と非核兵器国が協力できる素地をつくり、かつ現実的で実践的な結果が出るような方向で汗をかかなければならない」と述べ、その鍵となるのは「……核兵器の『非人道性』に対する認識」であり、日本は「……この認識を触媒にして両者の協力を促す役割」を果たさなくてはならないと語った。
・松田康博「蔡英文政権を試す『一つの中国』論 ― 台湾総統選後の東アジア情勢 ―」『外交』35号
直近の東アジア情勢に、1月16日に行われた台湾総統選がある。民進党の蔡英文氏が当選し、2期8年ぶりに政権交代が決まった。同時に行われた立法委員選挙でも民進党が圧勝した。
東京大学教授の松田康博氏は、今回の選挙で民進党が圧勝した原因について、経済政策の失敗から若年層に見放された「与党・国民党の自滅という側面が大きい」と見る。「台湾独立」を掲げる民進党の蔡英文氏が政権につくことで、中台関係はどのように変化するのだろうか。松田氏は、蔡英文氏が、5月20日に行われる総統就任演説で「92年合意」をどう扱うかが注目されると語る。「92年合意」とは、中国共産党政権と台湾国民党政権の間で確認された「一つの中国」の認識であるが、民進党は合意の存在自体を認めていない。しかし、松田氏によると「……蔡英文は『現状維持』を掲げて、『九二年合意』についても、微妙にスタンスを変えてきている。おそらく、蔡は、就任演説で間接的な言い回しを使って『九二年合意』に触れ、その内容に対しては、何らかの条件付きのスタンスをとるものと考えられる」という。
今後の日台関係について、松田氏は、蔡英文氏が交渉を進める趣旨の発言をした自由貿易協定(FTA)に注目する一方、「……日本としては、……いわゆる『放射能汚染食品』にかけられた輸入制限の早期解除を台湾に求めることとなる」「小さな問題を悪化させず、重要なパートナーとの関係強化を図るという戦略的なアプローチを、日台双方がとれるかどうかが重要な鍵となる」と主張している。
さらには、「民進党政権が、中国との関係をうまくマネージできれば、日本も米国も台湾との関係強化をしやすい。逆に中台関係がぎくしゃくするとしたら、台湾が日米との関係強化により積極的になる。二〇一六年は米国の大統領選挙の年でもあり、米国の新政権に『トラブルメーカー』扱いされるのを避けて、中国も台湾も安全運転につとめるはずである。この僅かに空いた隙間で、日米が戦略を持ちつつ静かに台湾との関係強化を図ることは充分に可能である」と分析し、「東アジアの表舞台に戻ってきた台湾から、もう目を離してはならない」と締めくくっている。
・木村幹×川島真「慰安婦問題合意は米中パワーゲームの『賜物』」『中央公論』3月号
東アジアの動向を考えるとき、背景には必ずと言っていいほど中国と米国の影がある。2015年暮れに急展開した日韓慰安婦問題合意も、対中国をにらんだ米国の姿勢が、両国、特に韓国の背中を押した形になっている。東京大学教授の川島真氏と神戸大学教授の木村幹氏は、対談でその間の機微を解説している。
慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決される」ことで合意したことについて、木村氏は、公式文書がないことにふれ、「非常に曖昧です。しかし、だからこそ合意できたとも言える」との認識を示す。川島氏も、「解釈権が完全に双方に留保されているので、緩い合意であることは確かです」としつつ、「……この合意にはアメリカという最大のオーディエンスがいるわけです。ですので、たとえ文書がなくても、合意を大きく踏み外すことはできません」との見方を示す。
今回の合意について、木村氏は「……この取引はどう考えても韓国側が不利なので、最終的には韓国が丸呑みしないのではないか、と思っていました。韓国に詳しい人になればなるほど、そう予想していましたから、韓国がここまで譲歩するのか、というのは驚きでした」と述べる。なぜ韓国が譲歩したかについては、「……基本的にアメリカに対する配慮だと言ってよいと思います」とし、「……韓国はアメリカの主要同盟国の一つとして、日米韓国関係を重視していますとアピールしなければならなくなった。少なくとも韓国外交部は、日韓関係のいちばんのネックである慰安婦問題で日本と合意してみせれば、アメリカが歓迎するだろうと読んだわけです」と解説する。川島氏も、「……日韓だけでできた合意ではありません」とし、「二〇一五年の歴史認識をめぐるやり取の中で韓国側が苦しい立場になり、それを日本が上手に受け止めたわけです。その点では日本はラッキーだったかもしれません」との見解を示している。
しかし、両氏は、中国が台頭する中での韓国の苦境は他人ごとではなく、さらに今後の米国の動向も注視する必要があると指摘する。川島氏は、「中国が巨大化するなかで、韓国、台湾、香港といった最前線が今、揺らいでいます。オバマ政権のうちは対話路線だから、韓国などはまだ曖昧路線をとれるとしても、次の政権がどうなるか。かなり厳しい踏み絵になる可能性があります」と述べる。米中が安全保障面で衝突することになれば、日本も踏み込んだ対応が求められることになるとしたうえで、「……日本としては、韓国にもっと大きな見取り図を日本と共有してもらったほうがいいのです。……対中ミッションをともに重視していくべきなわけです。日本も、韓国に不平不満ばかり言うのではなく、建設的な関係を築くべきです」と主張。木村氏も、「韓国の現状は明日の我が身かもしれません」警告を鳴らしている。
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