AIIB設立をめぐる中国の挑戦と日本の困惑
投稿日 : 2015年06月26日
<今月取り上げた月刊誌>
『正論』『世界』『中央公論』『文藝春秋』 (いずれも6月号)
◆ 第2号 2015年6月 ◆
3.AIIB設立をめぐる中国の挑戦と日本の困惑
3.AIIB設立をめぐる中国の挑戦と日本の困惑
◆「中国AIIBと対峙する日米の『剣』」櫻井よしこ [正論]
◆「新世界地政学 AIIB加盟の論理」船橋洋一 [文藝春秋]
◆「二年間は慣らし運転 日本は若葉マークのAIIBを側面誘導できるか」津上俊哉氏×真山仁氏 [Voice]
中国が主導する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の創設メンバーとしての参加表明は、今年3月末に締め切られた。日本と米国は「運営体制が不透明」などの理由で参加を見送ったが、締切直前の英国の参加表明を皮切りに、欧州先進国が雪崩式に手を挙げ、創設メンバーは57か国に上った。
習近平国家主席がAIIB構想を打ち出したのは2013年秋。設立までのスケジュールは明らかに拙速であり危惧も当然ある。また、日本はすでに、世界銀行で第2位、アジア開発銀行(ADB)では米国と並ぶ筆頭の出資国であり、AIIBに参加するメリットもデメリットもともに大きくない。日本の将来を左右する課題はむしろ「環太平洋経済連携協力(TPP)」の成否であり、AIIBのインパクトはそれと比べれば些細なものであるはずだ。それにもかかわらず、これほど創設国が集まることを予想していなかったせいか、日本国内の衝撃は大きくはっきり言って周章狼狽しているといえる。6月号のオピニオン各誌には、この「AIIB騒動」の背景を読み解くカギになる記事が並んだ。
■ 日米が見誤ったもの
『正論』は、対中国警戒論の代表的論者である櫻井よしこ氏の「中国AIIBと対峙する日米の『剣』」を掲載した。このなかで櫻井氏は、「参加国が57ヵ国に上ったことについて、日米両国がまず押さえておくべきことは、こちら側の無作為が中国を踏み切らせたということ」と指摘。「中国の野望を警戒するあまり、国際金融における中国の存在を、その経済的実力に見合う水準にまで引き上げず、アジアにおけるインフラ整備の資金不足に対する改善を怠ってしまったことは、日米の失敗」だと認めている。
その上で、櫻井氏は、「忌憚なく言えば、現時点でAIIBへの参加を見送っている日本とアメリカの選択は、正しい」と主張。その理由として、AIIBの設立過程が不透明であり、一党独裁である共産党政権の利益のために融資が行われる危険性が高いこと、高度成長に陰りが見え始めた中国経済の実質的な支援に使われる懸念があることなどをあげる。AIIBが将来にわたり上手く機能するかについては、「よほどの改革が中国で行われないかぎり、難しいのではないか」とし、日本は「資金面でも運用面でも、(日本が主導してきた)ADBをより充実させることが大事」との見方を示す。
他方で、AIIBへの対応をめぐって、米国と欧州諸国を分断した点は「中国の外交的な勝利」であると指摘。今後も、日本の参加を促すことで日米の分断を図ろうとする意図もあるとして、こうした点に戦後の国際秩序の揺らぎを感じ取ったことが、AIIBをめぐる日本国内の動揺の本質であろうと示唆している。
■ アジアと太平洋を分断させるな
一方、元朝日新聞主筆でジャーナリストの船橋洋一氏は、『文藝春秋』の連載コラム「新世界地政学」に「AIIB加盟の論理」を執筆。AIIBの運営面での不透明さや、中国の日米分断政策を同じく認識したうえで、なおかつ戦略的観点から日本は加盟すべきであると論じている。「(AIIBは)日本が加盟しなければその歩みは滞る、いや失敗に終わるだろうと見るのは錯覚である」とし、「インドを筆頭に、巨大なインフラ需要がそこにある。日本の二十一世紀の大戦略はインドの発展を手伝い、日本との分厚い協力関係をつくることである。AIIBのミソは、チャイナ・マネーもしっかり使って、インドを躍進させることにある。そう割り切ればよい」とまで言い切る。
さらに船橋氏は、AIIB加盟を考える上で「アジアと太平洋を分断させないことが肝心」との地政学的視点を示している。AIIBを構成する「域内国」と「域外国」の枠組みにふれ、「日本がAIIBに加盟しないと、日本自らがアジアと太平洋を分断する結果をもたらしかねない。それは日本のためにも米国のためにもアジア太平洋のためにもならない」と主張。その上で、日本にとっての長期的な使命は「アジア太平洋地域に、法の支配、自由、無差別、多角的な自由貿易体制、航行の自由を踏まえた『自由で開かれた国際協調主義(liberal international order)』を根付かせること」であり、それが国益につながるとして、AIIB問題を日本のアジア太平洋地域における戦略的課題としてとらえる必要性を説いている。
■ 冷静な当局者、過熱する外野
AIIBへの参加、不参加をめぐり、当事者である政府の対応はどうだったのか。日本国内の報道では、中国への過剰な警戒感のために政府が対応を誤ったというのが一般的な評価であるが、必ずしもそうではないようだ。
『Voice』に掲載された現代中国研究家(元通産省官僚)の津上俊哉氏と作家の真山仁氏の対談「二年間は慣らし運転 日本は若葉マークのAIIBを側面誘導できるか」の中で、津上氏は、永田町(政権)の対中感情や、現在の官僚との力関係から「『AIIB不参加』という結論は最初から見えていた」との見解を示している。政府については、「世間が想像するほど、安倍政権が反中感情で凝り固まっているとは思いません」と分析した上で、「ところが、そこに党内の根強い反中派や保守論壇の援護射撃が加わると、政治からはかなり一辺倒な反中国のシグナルが発せられているといわざるをえない」ために、官僚から政府に伝わる情報が偏りかねないことを指摘する。
日本の当面の対応については、「いったんポーズ(休止)を置いて、二年間は様子を見るべき」との立場で、具体的には、「……JBIC(国際協力銀行)やJICA(国際協力機構)などを通じて、独自の協調融資や提携事業を一つでも多くAIIBに持ちかけ、また実施すべき」と提言する。こうした「側面協力」を通じてAIIBを良い方向へと誘導し、またAIIBのスタッフと実際に働いて「皮膚感覚の情報」を得たうえで、2年後に参加の是非を判断するべきだと主張している。
また、津上氏は、AIIB不参加で行動を共にする米国内も、けしてAIIB反対の声ばかりではないことを強調。「今年一月にワシントンに行ったとき、『アメリカは一枚岩ではない』と感じました。中国専門家の多くは『AIIBを頭から否定するのは間違いだ』と主張していたし、外交安保の専門家にも『経済ではエンゲージ(提携)が大切」』という人がいました」と説明する。「[2年後は]米国政府とは突っ込んだ協議が必要ですが、アメリカもAIIBと世銀やADBとの連携を重視する姿勢を表明していますから、そこでも二年間の共同作業がものをいうはず」との考えだ。
津上氏の認識では、日米とも当局者は冷静に現実的対応が出来ており、大騒ぎしているのは、「反中」と「反・反中」という単純な二分論の立場で政府を批判しようとする外野だけということになる。
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