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今月の雑誌から:中曽根康弘元首相のレガシー

投稿日 : 2020年01月31日


中曽根康弘元首相が、2019年11月29日、老衰で死去した。享年101歳。主要月刊誌、新聞とも、追悼文、死亡記事などで、中曽根元首相が挙げた主な業績および彼の残した課題を取り上げた。

 

 

 ■ 渡邊恒雄 読売新聞グループ本社代表取締役主筆

 渡邊氏は、『中央公論』2月号の「私心なき勉強家 盟友との六十余年」で、60年以上の付き合いだった中曽根元首相への敬愛の念は尽きないとして、元首相は、質素な暮らしぶりで、大変な勉強家であり、絶えず政策が頭にあり、いかに政策を実現するかを一生懸命に考えていたと追悼している。中曽根元首相が、レーガン大統領との緊密な関係を結び、日米関係を良くしたのは非常に大きな功績であり、国鉄、電信電話、専売の3公社民営化は、彼でなければできなかったと述懐する。

 

中曽根元首相は、1983年1月の電撃的な韓国訪問で懸案の経済協力問題を決着させ、日韓関係を急激に改善した。「全斗煥大統領主催の晩餐会では、韓国語を交えて挨拶した。その後の宴会では韓国語の歌まで歌った。韓国の要人は感激して、涙ぐむ人もいたという」とのエピソードを披露している。

 

中曽根元首相は、日韓関係の改善を手土産に米国を訪問して「日米両国は運命共同体」と語り、レーガン大統領の信頼を得るという極めて戦略的な外交を展開したほか、韓、中、英、仏などの各国首脳と個人的な信頼関係を構築し、首脳外交で世界をリードした希有な存在となったと、渡邊氏は力説する。

 

渡邊氏は、中曽根元首相が内政でも「戦後政治の総決算」を掲げ、「大統領的首相」と称して強いリーダーシップを発揮したと語り、行政改革など難しい課題で実績を残せたのは、有力な学者をブレーンにするなど、人の使い方がうまかったからだろうと分析する。内政において、行政改革と並ぶ中曽根政権の功績は、科学技術の振興であり、なかでもがん研究のための10ヵ年総合戦略をスタートさせたことだと付言している。

 

また渡邊氏は、『文藝春秋』2月号「わが友、中曽根康弘との60年」の中で、上記『中央公論』の記事同様、中曽根元首相との長期間にわたる付き合いについて、様々なエピソードを交えて述懐している。渡邊氏は、今、安倍晋三首相に楯突いて何事かをなそうという、中曽根元首相のような気概を持った政治家が見当たらないと嘆いている。劇的な政局がなくなった現在、「昭和の政局の動乱を生き抜き、長期政権を築いた中曽根元首相が逝ったのは、何かを象徴しているかもしれません。今後、もう中曽根さんのような政治家は現れないでしょう」と語っている。

 


 ■ 服部龍二 中央大学教授

服部氏は、『中央公論』2月号の「生涯現役を自任し、最期まで悩み抜いた憂国の保守政治家」で、今でこそ戦後屈指の政治家という評価が定着している中曽根氏だが、元々は保守の傍流で、1982年から5年間の長期政権を築くまでの道のりは険しかったと指摘する。少数派閥を率い、経済に苦手意識を持ちながらも、派閥対立を乗り越えて首相の座を手にした彼の根底には、海軍主計将校として太平洋戦争に出征した経験からくる楽観主義があったと見る。「風見鶏」と揶揄されても、それを希望的に解釈する力が彼にはあったという。

 

戦後日本で中曽根元首相が果たした役割として、外交、官邸主導という政治スタイル、派閥対立の時代から総主流派への転換の3点を挙げる。「ロン・ヤス」関係と呼ばれた緊密な日米関係のみならず、日中、日韓とも良好な関係を築いた。「戦後政治の総決算」を掲げ、国鉄、電電公社、専売公社の民営化を断行した。

 

他方、中曽根元首相が意図しながらも、達成できなかったものとして、売上税、教育改革、憲法改正の3点を挙げた。1987年、売上税の導入には失敗したが、翌年の消費税法成立の基礎を作った。国鉄民営化を優先したため、教育改革は中途半端に終わった。憲法改正、首相公選制、自主防衛を持論としたが、改憲運動は広がらず、首相として改憲に踏み込めなかった。

 

中曽根元首相は、「暮れてなお 命の限り蝉しぐれ」という俳句を残しているが、服部氏はそこに彼の執念を見る。「日本を変えたい、少しでもよくして次世代につなぎたいという祖国への愛着でもあった。それは憂国の念といってよい。そのような執念を感じさせる元首相は多くない。生涯現役を自任し、最期の瞬間まで悩み抜いた保守政治家であった」と結論付けている。

 

 

 ■ 早野透 元『朝日新聞』コラムニスト

早野氏は、2019年11月30日付『朝日新聞』朝刊の「評伝:「国家」「改憲」ロマンの政治」の中で、中曽根元首相の101年の生涯の夢は「憲法改正」だったと振り返り、56年7か月の衆院議員、5年の首相を務めた稀有の戦後政治家たる中曽根元首相の脳裏にあったのは、常に「国家」であり「国家再建」だったと評する。「レーガン米大統領との蜜月、米軍事戦略との協力、国鉄民営化。「大統領首相」をめざした中曽根政権は、後の小泉純一郎「改革」政権の先駆的時代だった」と指摘している。「中曽根氏にとって、政治はロマンだった。「国家」こそロマンの核だった。彼の政治人生は「改憲」ロマンの物語だった」と締めくくった。

 

 

 ■ その他、2019年11月29日の『新華社ニュース』によれば、中国外交部報道官は、同日の定例記者会見で、中曽根元首相の死去についてコメントを求められ、「中曽根氏は先見性のあるベテラン政治家だった。生前、中国との友好関係と実務協力に熱心に取り組み、中日関係の発展に重要な貢献をした。われわれは深い哀悼の意を表し、ご遺族に対し心からのお悔やみを申し上げる」と述べた。

 

また同日の『フォーカス台湾』(国営通信「中央社」和文サイト)によれば、台湾外交部は、報道文で哀悼の意を表明し、在任中には地域の安定に大きく貢献したほか、両岸(台湾と中国)関係や台湾情勢にも長期にわたって関心を寄せ、中国に対して「武力による台湾統一の立場を放棄するよう呼びかけた。日本の現代政治史における偉大な政治家の一人」と報じた。

 

 

写真:AP Photo/File

 

※このページは、公益財団法人フォーリン・プレスセンターが独自に作成しており、政府やその他の団体の見解を示すものではありません。

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