プレスツアー(案内)

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実施日 : 2020年03月03日

さいたま市プレスツアー

投稿日 : 2020年02月14日

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さいたま市 プレスツアー

― 2020東京五輪「サッカー」「バスケットボール」開催!

    「Bonsaiの聖地」「人形作り日本一」で呼び込め五輪観戦客 ―


実施日:2020年3月3日(火)




関東地方の中心に位置する埼玉県さいたま市は、2001年に浦和市、大宮市、与野市の合併により新設され、05年に岩槻市を編入、197月には総人口が131万人を突破し、首都圏では東京(特別区部)、横浜、川崎に次ぐ第4位、全国でも10位の大都市として発展し続けている。交通の便が良く買い物にも便利で、市民への意識調査では8割以上が「住みやすい」、「住み続けたい」と答え、「住みたいまちランキング」関東版でも、大宮と浦和がトップテン入りするなど、暮らしやすい都市としても人気上昇中だ。

 

この地域に古くから続く伝統産業として受け継がれているのが、「盆栽」「人形」だ。盆栽の聖地として知られる「大宮盆栽村」、雛祭りや端午の節句などの伝統行事に欠かせない人形の日本有数の産地「岩槻」。それぞれ、少子高齢化などの影響で国内市場が低迷する中、海外などの新たな需要の掘り起こしや、住宅事情など時代の変化に応じた工夫やアイデアで、伝統を守り抜いてきた。また伝統産業に共通した担い手不足の中でも、確実に若い世代が技を継承している姿が見られる。さいたま市でも、これらを伝統産業に指定するとともに、それぞれの文化の継承と発展のためのランドマークの建設を進めてきた。20103月には、日本を代表する名品盆栽100点以上を所蔵する世界初の公立の盆栽美術館「大宮盆栽美術館」が開館、10年後の今年222日には、日本初の公立の人形専門の博物館として「岩槻人形博物館」がオープンする。

 

 


こうした誇るべき伝統文化をより広く世界に発信する絶好の機会が5ヵ月後に訪れる。さいたま市は、2020東京五輪で、人気競技であるサッカーとバスケットボールの試合会場として、世界の注目を集めることになる。埼玉スタジアム2002」では、サッカー男子の全32試合のうち、準決勝や3位決定戦を含む11試合が、「さいたまスーパーアリーナ」では、バスケットボール男女全52試合が行われる。大会期間中、同市に訪れると見込まれる160万人のうち30万人程度が海外の訪問客とみられており、市は清水勇人市長のリーダーシップのもと、世界に向けた魅力発信の取り組みを着々と進めている。

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■ 本プレスツアーでは、オリンピックの競技会場があるさいたま市が誇る伝統産業、盆栽と人形に焦点を当てる。各分野の職人でもある協同組合の理事長に業界の課題や展望について取材するだけでなく、技術の伝承の現場を訪れ、伝える側と受け継ぐ側の思いを聞く。そして開館10周年を迎える「大宮盆栽美術館」と開館したばかりの「岩槻人形博物館」で、各館の役割や展望、オリンピックへの期待などを取材する。さらに清水市長からは、これら伝統産業を含むさいたま市の魅力と東京五輪へ向けた準備状況を聞く。

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【取材内容】


1.清水 勇人市長インタビュー

ー オリパラの好機に盆栽・人形の魅力を世界に発信

 

東京五輪期間の約2週間に海外からの来客数約30万人。130万都市を率いる清水勇人(しみず はやと)市は、市の魅力発信の絶好の機会を活かすべく、官民一体となった「おもてなし」への協力を呼びかけるとともに、受入体制を強化している。企業・商店のキャッシュレス決裁の導入を増やすため、また観光エリアでの利便性を向上させるため、地元の金融機関と提携し、観光施設へのキャッシュレス端末の導入などを検討している。また、競技会場となる「埼玉スタジアム2002」と「さいたまスーパーアリーナ」近くを大会フラッグで装飾するほか、試合会場エリアと大宮盆栽美術館などを結ぶ回遊バスを運行し、観戦客に市内を巡ってもらう仕掛けづくりにも取り組む。さらに観客のためのもてなしイベントやスポーツフェスティバルも開催する予定だ。(画像提供:さいたま市)


■ 清水勇人市長から、盆栽・人形を含む市の魅力と、オリパラに向けた具体的な取り組み、その進捗状況について聞く。

 



2.盆栽の聖地・大宮盆栽村で引き継がれる技


[1] 盆栽園「藤樹園」― 次世代に伝承する匠の技

大宮盆栽村

英語でもBONSAI と呼ばれる、日本を代表する伝統的な文化芸術「盆栽」。盆栽の聖地として知られ、世界から多くの愛好家が訪れる「大宮盆栽村」は、1925年に誕生したとされる。東京・団子坂(文京区千駄木)周辺に住んでいた盆栽業者が1923年の関東大震災で被災し、盆栽育成に適した土壌を求めて集団で移住したのが、その始まりという。最盛期の1935年頃には約30の盆栽園があり、1940年には住所も『盆栽町』になった。現在の盆栽園は6園となっているが、地域の道幅などは当時のままで、ほぼ碁盤の目状に造られた道沿いには桜やもみじなどが植えられ、市民の散策場所となっている。

 

 

 

「藤樹園」

2代目園主 浜野 博美さん(82) 大宮盆栽協同組合理事長

弟子 廣田 敢太さん(20)

 

藤樹園(とうじゅえん)は、大宮盆栽村にある盆栽園の一つで、著名な盆栽師を多く輩出している名園だ。浜野博美(はまの ひろみ)さんは2代目の園主で、大宮盆栽協同組合の理事長を務める。大学卒業後2年間企業で働き、その後父の跡を継いだ。先代が1966年から始めた盆栽教室を続けながら、住宅事情の変化や女性の嗜好を考えて、小型の盆栽を作り始めた。予想通り、コンパクトな盆栽は女性を中心に人気が出て、「盆栽は癒される」と盆栽教室にも女性受講者が増加、女性の盆栽ファンが増え続けているそうだ。さらに浜野さんは、盆栽用の道具を使い易くするなど、盆栽文化を身近に感じてもらうための様々な取り組みを続けている。「大宮の盆栽が岩槻人形とコラボするのも面白い」と、アイデアは尽きない。

 

浜野さんは、「盆栽は、無駄を省いて究極の美を追求する文化。自然に敬意を払い、自然と融合し、美しいものを育てるお手伝いをする。盆栽は芸術品だが、完成することはない。1年中季節の移ろいを感じることができて楽しい。道楽を職業にすると定年はない」と、明るく語る。これまで60名ほどの弟子を受け入れてきたが、うち8名がイタリア、フランス、韓国、米国などから来た外国人だ。ヨーロッパやアフリカに出向いて盆栽を教えたこともある。「近くチェコから技術者が2ヵ月ほど学びに来る。これからの盆栽の担い手は、日本人ではなく、外国人になるのかもしれないよ」と述べる。

 

 浜野さんの弟子の一人、廣田敢太(ひろた かんた)さんは、大宮出身の20歳。2年半ほど前、服飾関係のアルバイトをしていた時に、親戚でもある浜野さんに声をかけられた。浜野さんは「針金かけなどの作業を見ても、若いけど筋が良いんだよ。あまり褒めちゃいけないんだけど」と目を細める。


■ 「藤樹園」を訪問、浜野博美園主(大宮盆栽協同組合・理事長)から、盆栽村と藤樹園の概要、海外市場など業界の動きや後継者問題などについて聞く。また、園内の作品を視察し、弟子の廣田さんの作業の様子も取材する。

 

 

 

 

[2] 盆栽村のシンボルとして開館から10年、

  「大宮盆栽美術館」

 

大宮盆栽美術館は、世界初の公立の盆栽美術館として、盆栽文化の調査・研究を行うとともに、盆栽の町・大宮の盆栽文化を広く世界に発信するため、20103月に設立された。日本を代表する名品盆栽約120 点をはじめ、盆器、水石、絵画・歴史・民俗資料を所蔵している。

(写真提供:大宮盆栽美術館)

 

開館から9年後の20194月には、来館者数60万人を突破。海外での盆栽人気の高まりと、2017年に4年に1度の「世界盆栽大会」が大宮で開かれたことから外国人の入館者数も増加、2010年の1,558人から、昨年度(2018年度)は約4倍の6,212人に伸びた。国・地域別では米国が1080人でトップ、オーストラリア650人、中国605人、フランス407人と続き、次いで台湾、英国、タイ、イタリア、ドイツ、スペインなど合計86の国・地域に及ぶ。オリパラの開催を弾みに、来訪者の更なる広がりを期待する。館としての国際交流も盛んで、20198月には米国の国立盆栽・盆景園と姉妹館の提携を結んだ。(写真提供:大宮盆栽美術館)

 

美術館の展示は、常設展などの館内展示と中庭の盆栽庭園の2つに分かれ、常設展で盆栽の歴史、種類や鑑賞方法を学んだ後、館内や庭園で最上級の盆栽を鑑賞するという流れだ。盆栽庭園には約60点の盆栽が四季折々の姿を見せており、2階のテラスからは、その全景を一望できる。大隈重信や岸信介といった元首相が所蔵していた名品のほか、安倍晋三首相が命銘した盆栽も展示されている。

 

■ 栗澤正司(くりさわ まさし)副館長から美術館の概要をご説明いただきながら館内を視察、オリパラを機に世界中から来館者をとの熱い思いを聞く。さらに盆栽庭園では、著名人ゆかりの盆栽や最大級の五葉松などを鑑賞・撮影し、盆栽師の手入れの様子も取材する。

 



[3] 盆栽師アダム・ジョーンズさん


 盆栽師アダム・ジョーンズさんは、米国ペンシルバニア州出身の36歳。大学では美術(絵画、陶芸など)を学び、造園家になることを希望していた。2011年の夏に来日、1年間、大宮の北に位置する上尾市で英会話学校の講師として働いていた時に、知人の紹介で大宮盆栽村を訪れ、盆栽の魅力に惹かれた。その後、盆栽村の盆栽園「蔓青園」に弟子入りを認められ、128月から5年間、休みは月に数日という厳しい修行生活を送った。189月、盆栽村から車で1時間余りの茨城県阿見町に自らの盆栽園「ツリーハウス ボンサイ」をオープンした。現在はボンサイ師として、日米の顧客を相手に活躍する傍ら、大宮盆栽美術館の外国人向け講座の講師も務めている。

 

「多くの外国人が日本の盆栽園に弟子入りして盆栽を学んできたが、日本に残って盆栽園を開いたのは自分だけ。日本には盆栽などの優れた文化芸術があるが、言葉が障壁になっている。そこで自分は貢献できる。子供の頃から人に教えることが好きで先生になることを夢見てきた。将来は、盆栽を学びに来る外国人のための教室を開きたい」と抱負を語る。また、盆栽が木の形の美しさを追求するあまり、針金などで枝を固定するなど自然をコントロールしようとしているとの批判的な見方に対しては、「事実は正反対」だとし、「コントロールではなくガイドしている。その木が本来の美しさや力強さを表現できるよう導いているのだ」と主張する。

 

■ 盆栽村で修行後に独立したジョーンズさんに、盆栽との出会いや苦労、盆栽への思い、将来の夢などを聞く。また、ジョーンズさんによる「針金かけ」の実演も披露してもらう。

 

 

 

 

 

3.江戸時代から続く「人形のまち」岩槻


[1]  岩槻人形博物館  ー 人形文化の発信拠点


岩槻を含む現在の埼玉県を中心とした武州と呼ばれる地域の人形づくりの歴史は、江戸時代にさかのぼる。大都市・江戸における雛祭りの興隆を背景に、宿場付近の村々ではじまった。江戸から日光に向かう街道の宿場町として栄えた岩槻も、江戸時代の終わり頃には、江戸をおびやかすほどの産地の一つに成長した。20世紀前半から中頃に関東大震災や戦争で被災した東京の職人たちが流入したことも一因となって生産量が拡大し、高度経済成長期以降は多種多様な人形が作られるようになった岩槻は、一大製作拠点として人形産業を支えてきた。

 

近年、少子化やライフスタイルの変化で商品は小型化し出荷額は減少しているが、経済産業省の2017年の統計によると、埼玉県の「節句人形・ひな人形」の出荷額は全国1位の47億円で、その多くを岩槻が占める。分業での製作が特徴で、まちを歩くと工房の看板が並び、人形店も多く目にする。

 

そんな「人形のまち」岩槻に、2020222日、日本初の公立の人形専門博物館「岩槻人形博物館」がオープンする。総事業費約42億円、文化財としての人形の修理保存にも重点を置き、「人形文化の発信拠点」を目指す。5千点以上の所蔵品の柱は、日本画家で人形玩具研究家・収集家、西澤笛畝(にしざわ てきほ)収集のコレクション。日本伝統工芸展の審査員などを歴任し、人形の文化・芸術振興に寄与した笛畝の審美眼により選び抜かれた最高レベルの人形だ。

 

清水勇人市長は博物館オープンに際して「市を代表する文化芸術の魅力を発信したい」と強調。日本の人形文化は、「フィギュアやアニメなど現在のサブカルチャーのベース」との見方もあり、林宏一(はやし こういち)館長は、「人形は日本の工芸の中でマイナーな存在だったが、魅力を広く知ってもらう役割を果たしたい。江戸時代の古いものから、近現代、あるいはフィギュアのような新しいものまで紹介できたら」と意気込む。

 

■ 林宏一館長から、岩槻人形の歴史や博物館設立の意義、抱負(オリパラへの期待)などをご説明後、川田泰則(かわだ やすのり)準備室室長からご説明いただきながら、館内を視察する。視察後、 岩槻人形協同組合新井久夫(あらい ひさお)理事長(※)から、経歴、人形業界全体及び岩槻人形業界の現状、課題、展望などを聞く。

 ※ 新井久夫理事長:伝統工芸士(胴体部門)、「新井人形店」代表取締役


            

◆写真左:「かみしもドール」を手にする、岩槻人形協同組合・新井久夫理事長。

 「かみしもドール」は、岩槻人形の元祖とされ、現在は生産されていない「裃雛(かみしもびな)」を、文京学院大学

   の学生らと共同で開発した現代風アレンジ版。「ゆるかわいさ」が特徴で、願い事によって衣装や小物、ポーズが異

   なる(全5種類)。

◆写真右:「かみしもドール」良縁祈願バージョン(左)と、仕事運祈願バージョン(右)。

 

 

 

[2] 大生(たいせい)人形

頭(かしら)師 大豆生田 博さん (52)  大生人形 代表取締役

後継者 有紀さん (23)

人形の命、頭づくりの技を受け継ぐ娘と、成長を見守る父

 

大生人形は、1956年に大豆生田博(おおまみゅうだ ひろし)さんの父が創業した、雛人形の頭製造卸店。「人形は顔が命」といわれるほど、頭づくりは熟練の技を必要とする重要な工程だ。特に衣装着人形の場合、目鼻の形に小刀で切り出す作業は、表情を決める最も難しい作業だ。2代目の博さんは、伝統を守りつつも、時代に合わせた技法で作り続けている。人形のネット販売も増えているとのこと。「時代の変化に合わせてデザイナーとコラボした商品も開発したり、こんな顔の頭も作ったりして、カワイイと評判なんですよ。今はカワイイがキーワードですね」と、大きな目の頭を見せてくれた。

 

「一人前になるには、本当に時間がかかるんです。私は今年53歳になりますが、職人としては若手です」。博さんは幼い頃から工房を遊び場とし、商品にならない人形の顔に色付けをして遊んでいた。中学生の頃には父の跡を継ぐ決心をしたが、17歳で父を突然亡くしたため、昼間に先輩職人を訪ねて技を習い、夜帰宅してから技を磨いた。

 

「職人の数は最盛期のおよそ7分の1に減っている」そうだが、大生人形で働く10人ほどの職人は全て女性。その一人で後継者の有紀(ゆき)さんは、幼い頃から父の仕事を見て育ち、父と同様に中学の頃には頭師になることを決めた。高校卒業後、デザインの専門学校に進学。違う世界も見てみたいと大宮のご当地アイドル「大宮アイドール(OMIYA I☆DOLL)」の一員として活躍した後、3年ほど前から本格的に工房で修行を始めた。人形の髪の生え際がうまく描けずに涙を浮かべて作業する娘の姿を見たこともあるという博さんは、「親が子供を想う気持ちは変わらないから、雛祭りの行事はなくならない。技術さえあれば何とか一人ぐらいは食べていける」と、心配しつつも嬉しそうに語る。

 

■ 大生人形の工房を訪れ、大豆生田博さんと後継者・有紀さんに、経歴、頭師になったきっけ、大生人形の頭の特徴と魅力、苦労、課題(市場の動きや技術の伝承)、今後の展望などを聞く。また、頭製作の様子を取材する。

 

   

                                             

【実施要領】 

          

1.日程案: 201933日(火)(日帰り)

※日程は調整中のものであり、予告なく変更になる可能性があります。

8:00                 日本プレスセンタービル正面玄関に集合

8:10       日本プレスセンタービル発(借り上げバスで大宮に移動) 

9:20-1020   藤樹園(大宮盆栽村・盆栽園)      

10:30-1210   大宮盆栽美術館 (盆栽師アダム・ジョーンズ氏の取材含む)

12:15-1300   清水勇人市長インタビュー(於:大宮盆栽美術館)

13:20-1410   昼食(於:盆栽レストラン大宮-大宮盆栽美術館前)

14:10-1440   大宮から、岩槻に移動(借り上げバス)

14:40-1550   岩槻人形博物館

16:10-1720   大生人形(頭工房)

17:20       大生人形発(借り上げバスで日本プレスセンタービルに移動)

18:50       日本プレスセンタービル着後、解散

 

2.参加資格: 外務省発行外国記者登録証保持者

 

3.参加費用: 12,000円(ツアー中の移動費、食費を含む)

*お支払い方法、キャンセル料などは、後日参加者にご連絡します。

 

4.募集人数: 10名(各社ペン1名、カメラ1名、TV12名まで)。

*申し込み人数が10名を超えた場合は、国別の参加者数に上限を設定することがあります。

 

5.FPCJ担当:中野 、矢野TEL: 03-3501-5251E-mail: sc@fpcjpn.or.jp

 

6.備考:

1)本プレスツアーはさいたま市が主催し、公益財団法人フォーリン・プレスセンター(FPCJ)が企画・運営を

   担当しています。

2)本ツアーの内容は、予告なく変更になる可能性があります。

3)参加者には経費の一部を負担していただいていますが、営利を目的とした事業ではありません。

4)主催者とFPCJは、ツアー中に生じるいかなる不都合、トラブル、事故などに対して、一切責任を負いません。

5)写真・TV撮影に関しては、担当者の指示に従ってください。 

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