プレスツアー(報告)

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実施日 : 2017年07月19日 - 20日

報告:長崎・広島プレスツアー

投稿日 : 2017年09月06日

8月に終戦記念日を控えた7月、世界唯一の被爆地である長崎市、広島市を訪れるプレスツアーを実施しました。

 

2015年に戦後70年を迎え、また、2016年に現職の米大統領初の広島訪問が実現したことで、あらためて世界から注目が集まっている日本の被爆地。今回のプレスツアーには、米国、スペイン、ロシア、韓国、ベトナム、バングラデシュのメディア7社から9名が参加し、両被爆都市の市長、地元の被爆者や若者、大学や資料館の担当者のインタビューなどを通じて、平和の実現に向けて、懸命に取り組みを進める被爆地の姿を取材しました。

 

― ツアー案内はこちら

 

719日(水)長崎

 

<田上富久 長崎市長>


最初の訪問先は長崎市役所。田上富久市長を訪ねると、「原爆投下に関してまだ知られていないことも多い。当時何が起こったか、ぜひ皆さんに発信していただきたい」とごあいさつがありました。

 

1時間絶えることなく質問が飛び、「なぜ日本はアメリカの友好国でいられるのか」「もし原爆が投下されていなかったら、日本はどうなっていたと思うか」「核兵器禁止条約に対する日本政府の態度をどう評価するか」など、多岐にわたりました。オバマ前米大統領の長崎訪問については、「まだあきらめていない。核のない世界を目指すリーダーとして、“最後の被爆地”である長崎にも来てほしい」と力強いメッセージを発してくださいました。

 

<被爆者~森内實・長崎原爆被災者協議会副会長>


爆心地より4.8キロ離れた西彼杵郡長与町で、8歳の時に被爆した長崎原爆被災者協議会の森内實副会長にお話を伺いました。原爆投下時の生々しい現実、その後の被爆者としての生活、活動について、ご自身の体験を交えながら詳しく語ってくださり、記者たちもその貴重なお話に聞き入っていました。

 

被爆者の一人として、核なき世界の実現に向けた活動を続けてきたことについて、「この10数年で、何らかの手ごたえはあるか」「被爆者の高齢化を受けて、今後どのように活動を引き継いでいくのか」などの質問が投げかけられると、森内副会長は「どの時代になっても、日本が先頭になってやらなければならないことに変わりない」と力強く語ってくださいました。

 

<長崎原爆資料館>


長崎原爆資料館は、長崎の被爆の歴史を写真や映像、資料等で分かりやすく学べるようになっています。この日も夏休み前の平日にもかかわらず多くの人が訪れ、一つ一つの展示の前に立ち止まりながら、原爆投下前後の街や人の様子などについての解説をじっくりと読み込んでいました

 

館内の撮影で記者の一人が使用していたのが「VRカメラ」。最近、日本でも360度のVR(バーチャル・リアリテイ)映像を目にすることが多くなりましたが、海外ではその動きがさらに活発化しているとのことです。

 


<長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)>


RECNAは世界の核廃絶に向け、被爆地の大学として学問的研究・調査を専門的に行う機関であり、世界でも唯一無二の存在として知られています。鈴木達治郎センター長から、設立の経緯と研究内容、それに基づいた提言などを紹介していただきました。

 

記者からは、北朝鮮問題や広島との連携などについての質問が出たほか、RECNAが出している研究結果については「少し楽観的な部分があるのではないか」といったコメントがありましたが、鈴木所長は「多少現実と離れていることも、被爆地の大学だから発信できることもある」とメッセージを発してくださいました。



<ナガサキ・ユース代表団>


RECNAが活動をサポートしている「ナガサキ・ユース代表団」は、次世代を担う長崎の若者たちが核廃絶に関連する国際会議に出席したり、被爆体験を伝える継承者としての役割を担うことを目的に、市内の大学生を中心に構成されています。

 

今回は代表団のメンバーである長崎大学の3人(光岡華子さん、野村梨紗さん、福井敦巳さん)に活動を紹介していただきました。「被爆者の高齢化」に伴い、その体験を伝える人が減っていくことが問題となっている中で、「やる気ある若者たちの存在は頼もしい」と記者たちは感心していました。

 


720日(木)広島

 

<松井一實 広島市長>


松井一實市長からは冒頭に、これまで広島が被爆地として世界に発信してきたメッセージ、被爆地の自治体としてのイニシアティブ、市民による平和活動などについてのご紹介がありました。

 

記者からは、「原爆投下後の復興の原動力」「オバマ前大統領の来訪」「核兵器禁止条約」など、時間が足りないほどさまざまな質問が出ました。松井市長は「被爆の実相を受け止めるためにも、広島は道徳心を目覚めさせる土地。これからも、ぜひ多くの人に訪問してほしい」としめくくりました。

 


<ボランティアガイド~三登浩成氏、村上正晃氏>


広島平和記念公園を訪れると、外国人観光客がボランティアガイドの案内を受けながら、原爆ドームなどを見学していました。ガイドの皆さんは被爆した方が多く、胎内被爆者の三登浩成さんもその一人。今回は、三登さんと、三登さんからガイドのノウハウを学んだ24歳の村上正晃さんに取材にご協力いただきました。

 

三登さんは教員を退職後、約10年にわたりほぼ毎日原爆ドームの前に立ち、ガイドを続けています。記者たちは、三登さん自身の被爆手帳や手作りの原爆関連の資料を見せていただきながら、被爆者の立場から感じる現実、日本政府や広島市の取り組みに対する見解などについて伺いました。

 

村上さんは大学4年生の時から原爆ドームの前に立ち続け、日中はガイド、夜は居酒屋のアルバイトを掛け持ちしています。「被爆体験の継承」が課題となっている中、記者たちは村上さんがどのような思いでガイドを続けているのかについて関心があるようでした。

 

<被爆者インタビュー~森重昭氏>


国民学校3年の時に市内で被爆し、その後、同じく被爆した米兵の研究を続けてきた森重昭さんに話を聞きました。森さんといえば、昨年にオバマ前大統領が広島を訪問した際、式典の来賓として招待を受け、抱擁のシーンが世界的に流され有名になりました。

 

インタビューでは、森さんが長年取り組んできた研究内容をはじめ、オバマ前大統領訪問時のエピソードについても詳しく紹介されました。式典での抱擁の時、オバマ前米大統領とは多く語らずとも通じ合うものがあり、感無量になったとのこと。長年の苦労が報われた夢のような時間だった」と熱く語ってくださいました。

 


<平和記念資料館>


平和公園内にある平和記念資料館は、現在、大規模なリニューアルが行われており、2017年4月にまず東館がリニューアルオープンしました。まず館内を取材する前に、志賀賢治館長にリニューアルの目的や展示のコンセプトなどについてご説明いただき、「オバマ前米大統領の訪問以降、来館者に変化はあったか」といった質問をする記者もいました。

 

本館は来年夏まで改装のため閉鎖中であることから、記者たちは志賀館長の案内のもと、2017年4月にリニューアルオープンした東館の新たな展示スペースを撮影しました。

 


<はぐくみの里>


広島市街地より少し離れたところにある障害者施設「はぐくみの里」では、平和記念公園に贈られる千羽鶴の折り紙の解体、再生紙化に取り組んでいます。「広島にいる以上、平和に貢献できることに取り組みたい」という思いのもと、障害のレベルや個人の強みなどに応じて、分担して作業を進めています

 

作業風景の撮影中、記者たちが「一番得意な作業はなんですか」「趣味はなんですか」など質問を投げかけているうちに利用者の方々の緊張も少しずつほぐれていき、とても充実した取材時間となりました。再生された折り紙は東京の展示会にも出展され、海外からの問い合わせも増えているそうです。

 

★本プレスツアーに関連する報道の一部をご紹介します★

(タイトルはFPCJ仮訳)


・イタルタス通信(ロシア、通信社)

 8月4日:広島 - 憎しみを克服し、心の平和を発見した都市

 8月9日:長崎 - 最後の被爆地になることを信じている都市


・Agencia EFE(スペイン、通信社)

 7月21日:原爆投下前の広島を映す未公開映像

 8月5日:広島、破壊された町から人気の観光地へ

 8月8日:長崎、広島の陰にあるもう一つの被爆地


・SBSソウル放送(韓国、テレビ)

 8月2日:原爆投下から72年―日本の人々の声


・中央日報(韓国、新聞)

 8月4日:オバマの広島訪問は核兵器の抑制になったのか


・Prothom Alo(バングラデシュ、新聞) 

 8月4日:恐ろしい戦いの記憶

 8月5日:放射線の犠牲者

 8月6日:次世代の平和を望む

 8月7日:悲惨な思い出の記憶

 8月8日:ノーモア核兵器

 8月9日:最後の被爆地、長崎


・Vietnam News Agency(ベトナム、通信社)

 8月1日:日本の長崎原爆資料館を訪れて

 8月5日:広島平和記念資料館で見た歴史の記憶

 8月4日:広島と長崎:核なき世界のために

 8月3日5日9日:戦争の傷を癒やすもの

 8月2日6日:苦しみは終わらない

 8月6日:新しい1日- 広島平和記念公園

 8月9日:新しい1日 - 長崎原爆資料館

 

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