プレスツアー(案内)

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実施日 : 2017年03月06日 - 07日

案内:震災6年・福島/宮城プレスツアー

投稿日 : 2017年02月20日

- 食、観光、自然エネルギー。福島の挑戦 -

- 震災の教訓を伝えたい。南三陸の防災ツーリズム-

- 人口減少に向き合い、持続的発展を目指す。女川のまちの再建 -

 

 

 今年は、東日本大震災から6年目を迎える。

被災した各地では、震災以来、休むことなく復興への歩みが続けられてきた。

 

--- 食、観光、自然エネルギー。福島の挑戦 --

差し替え(1)s280-tsuchiyu-nogyo-FotorCreated 原発事故により、大きな被害を受けた福島県。県では、食の安全を確保するため、事故後、現在に至るまで、福島県産の販売用の農林水産物(493品目)を対象に、放射線のモニタリング検査を行っている。生産者のなかには、飯舘村から福島市に避難し、新天地で農業を再開した人々もいる。一方で、原発事故後、観光客が半減するなか、温泉熱による発電や、その温排水による魚の養殖をスタートさせ、自然エネルギーを新たなセールスポイントにして客足を回復させた温泉地もある。

 

 

 

 

 

--- 震災の教訓を伝えたい。南三陸の防災ツーリズム --- 26-バスの中-DSC09735

 20メートルもの津波に襲われた宮城県・南三陸町。この町の南三陸ホテル観洋は、震災の教訓を伝える「防災ツーリズム」に力を入れている。津波のなか持ち堪えた同ホテルは、水道も電気も途絶えたまま、多い時には600人もの被災者を受け入れた。ホテルでは「次の世代にこの町の経験を伝えたい」と、従業員が当時の様子を伝えながら町を案内しており、修学旅行生や個人客など、現在までのべ30万人がこの視察に参加している。

 

 

 

 --- 人口減少に向き合い、持続的発展を目指す。女川のまちの再建 --- 

(1)s280-女川ハイライト2

 津波で7割もの住宅が失われた宮城県・女川(おながわ)町。震災後、人口減少が進み、現在人口は6年前の67%だ。40代の若い町長は、人口減少・高齢化に向き合いながら、居住人口が減っても活力を生み出す道を模索してきた。町では、起業家や有志の支援者など多様な人材を「プレイヤー」と捉え、町の外からも積極的に誘致している。ゼロから再建された町の中心部には、女川でギターの製造を始め、世界への輸出を狙う東京から来た若手の経営者や、タイルを地元の名産品にしようと奮闘する地元の女性起業家が新たに店を構えている。見違えるように生まれ変わった町には、賑わいが戻りつつある。

 

 

 

 

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本プレスツアーでは、以下の取材をする。

福島県

・郡山市: 福島県農業総合センター

・福島市: 飯舘村から福島市に避難し、農業を再開した生産者夫婦。土湯温泉(温泉熱による

      発電所の視察、地域電力会社社長インタビュー)

 

宮城県

・女川町: 女川町長インタビュー、再建された町の中心部の視察、町を拠点にする起業家2名への

      インタビュー、災害公営住宅での住民へのインタビュー

・南三陸町:南三陸ホテル観洋・女将インタビュー、「防災ツーリズム」体験(ホテル従業員の

      案内による町内視察)

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 ※本プレスツアーは、フォーリン・プレスセンターが主催します。

 

 

【取材内容】

 

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Ⅰ.福島県

 

- 食、観光、自然エネルギー。福島の挑戦 -

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<郡山市>

 

1.福島県で生産される農林水産物を漏れなく検査

~原発事故以来、放射線モニタリングを継続する福島県農業総合センター~

 

・福島県農業総合センター 安全農業推進部 指導・有機認証課 副部長 草野 憲二さん

(日)

http://www.pref.fukushima.lg.jp/w4/nougyou-centre/index.htm

 

(英)

http://www.pref.fukushima.lg.jp/w4/nougyou-centre/jouhou_kihon/english_ph.pdf

http://www.pref.fukushima.lg.jp/w4/nougyou-centre/jouhou_kihon/english_mon.pdf

 

28-edit-ゲルマニウム-DSC09270 

 福島県農業総合センターでは、原発事故以来、福島県内で生産される販売用の農林水産物を対象に、放射線モニタリング検査が行われている。各品目について、市町村ごとに汚染リスクが最も高い複数の場所からサンプリングし、検査にはゲルマニウム半導体検出器11台が用いられている。対象は、穀類、野菜・果実、魚介類、キノコ・山菜類、原乳、肉類、鶏卵、飼料作物など多岐に渡り、その品目数は493に及ぶ。この出荷前の検査を通過して初めて販売が許される仕組みになっており、福島県内から基準値を超えるものを出さない体制だ。

 

 

 ◆原発事故後から現在まで継続されている福島県産の農林水産品の検査体制や、基準値、原発事故以降の放射線検出数の推移などについて説明を受ける。また、検体を準備する様子や、ゲルマニウム半導体検出器を用いた検査の様子を部屋の外から視察する(※)

※検査室・準備室の室内に入っての撮影については、人数を限定した形での代表取材となります。あらかじめご了承下さい。

    29-edit-草野氏2-DSC09329     30-edit-準備室-DSC09294

 

 

<福島市>

 

2.飯舘村から福島市に避難。新天地で農業を再開した夫婦

~故郷を離れても、野菜を生産し続けたい~

 

・鴫原(しぎはら) 圭子さん(54歳)、良幸さん(56歳)夫妻

http://www.maff.go.jp/tohoku/nouson/houkiti/pdf/15-iitatemura_1.pdf

31-鴫原さんUPUPDSC09374 鴫原さん夫婦は、原発事故による放射線の値が高く、帰還困難区域に指定されている飯舘村の長泥地区の出身だ。事故後、会津市や福島市で避難生活を送った後、福島市内に定住している。鴫原さんは、飯舘村で2009年からアスパラガスの栽培に取り組み始めたが、アスパラガスは収穫できるまでに数年かかる。原発事故が起きたのは、それから3年目、ちょうど初めての収穫を前にした時だった。丹精込めて作ったアスパラを収穫しないまま飯舘村からの避難を余儀なくされた鴫原さんだったが、再び農業をやりたいと、飯舘村役場の助けを借りて避難先の福島市で耕作放棄地を探し、2014年から土地を借りて畑を耕し始めた。鴫原さんは「生い茂った雑草を刈るところからのスタートだった。同じ福島でも飯館村とは気候の異なる新たな土地での栽培は分からないことが多く、今も手探りの連続」と語る。行政の補助を受けて2棟のビニールハウスを作ったが、2016年には自立し、ビニールハウスの数を増やして農家としての経営を始めた。

 

32-圭子さん作業中-DSC09408 今年初めての収穫を迎えたアスパラガスは、農協が経営する産直ショップに出荷している。農協では、福島産の農産物の対象に、全ての生産者・品目ごとの独自の放射線検査を行っており、これに合格して初めてそのシーズンの出荷を認めている。鴫原さんのアスパラガスもその検査をパスしてから市場に出されている。鴫原さんは「風評被害がまだあるが、ここまで徹底的に細かく全品目を検査しているのは福島県だけ。むしろ全国で一番安全だと思う」と語る。

 

 

 

 

鴫原さん夫婦のビニールハウスを訪れ、鴫原さんに農業再開までの道のりや、農業への想いについて聞く。

(なお、同席する飯舘村役場 復興対策課 農政係 主任主査・農政係長の杉岡 誠さんから村の支援についても説明を受けます。)

      33-アスパラアップ-DSC09449     34-鴫原さん屋外-DSC09423

 

 

3.原発事故後の観光客の減少に立ち向かう土湯温泉

~温泉熱による発電で、町の電力を賄う。自然エネルギーを新たな町の強みに~

 

・土湯温泉町地区まちづくり協議会 会長/株式会社元気アップつちゆ(地域電力会社) 

社長 加藤 勝一(かついち)さん、元気アップつちゆ 小栗 拓馬さん

http://www.tcy.jp/welcome.stm

http://www.genkiuptcy.jp/concept.html  35-DSC09584

 

 磐梯朝日国立公園の中に位置する土湯(つちゆ)温泉は、豊かな自然と優れた温泉効能で知られ、「国民保養温泉地」の指定も受けている県内有数の温泉地だ。

 震災前(2010年度)は、年間約26万人もの観光客が訪れていたが、地震の揺れによる温泉施設等の倒壊被害や、原発事故による風評のため、震災後の2011年度は半分以下の約11万人にまで観光客が減った。16軒あった温泉旅館のうち5軒が廃業し、温泉観光地としては原発事故の影響を最も大きく受けた場所だと言われている。

36-発電装置-DSC09523 このままでは土湯の町が消滅してしまうと、町の有志が立ち上がり、土湯温泉町復興再生協議会(現・土湯温泉町地区まちづくり協議会)を結成。この土地ならではの地域資源を活かして町を再生させる試みが始まった。協議会の会長である加藤さんは、「原発事故の影響を強く受けたことでエネルギーに対する考え 方が180度変わった。温泉や川の水を活かして発電し、自然エネルギーによる停電しない温泉街を作りたい」と考えた。そこで、地元で資金を集め、2012年に地域電力会社「元気アップつちゆ」を設立。2015年から温泉熱によるバイナリー発電と、地域にある土砂災害防止用のダムを利用した小水力発電を始めた。これらによる発電能力(最大値)は、土湯温泉の一般家庭250世帯と、旅館11軒分をほぼカバーできる規模だ。さらに、発電後の大量の温排水を利用した魚の養殖の実験も始まっている。地域おこしのユニークな事例として、多くの視察者が訪れており、昨年はその数が3000人に上った。自然エネルギーによるプロジェクトが土湯温泉の新たな魅力となり、誘客に貢献しているのだ。

 

◆土湯温泉町復興再生協議会・会長で、株式会社元気アップつちゆ・社長の加藤さんに、温泉街の復興を賭けた自然エネルギープロジェクトについて説明を受ける。その後、温泉熱による発電施設と、温排熱を利用した魚の養殖実験場も視察する。最後に、土湯の温泉街を歩き、温泉などの撮影を行う。

 37-小栗さん-DSC09542 38-源泉-DSC09519 39-養殖タンク-DSC09506

 

 

 

 

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Ⅱ.宮城県

 

- 人口減少に向き合い、持続的発展を目指す。女川の町の再建 -

- 震災の教訓を伝えたい。南三陸の防災ツーリズム-

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<女川(おながわ)町>

 

4.女川町 町長 須田 善明(よしあき)さん(44歳)インタビュー

~人口減少社会に向き合い、外からの「プレイヤー」を受け入れて持続的な発展を目指す~

http://www.town.onagawa.miyagi.jp/02_01_02.html

http://www.town.onagawa.miyagi.jp/gyouseikujinkou.files/sheet000.html

 

4-s260-女川町長-02_01_01image02 震災で20メートルもの津波に襲われた女川町。町内の住宅の約7割が全壊し、人口の約8%にあたる827人もの人々が死亡または行方不明となった。震災前(2011年3月時点)は10,014人だった人口は、震災後減少し続け、現在は6,705人だ(2017年1月時点)。また人口に占める65歳以上の占める割合は37%に達しており、高齢化も進んでいる。

 

 震災後の2011年11月に就任した須田町長(44歳)は、人口減少・高齢化が進む社会において、居住人口が減ってもいかに活力を生み出し、持続的に町を発展させるかに力を入れてきた。町では、町外の起業家や有志の支援者など多様な人材を「プレイヤー」と捉え、積極的に受け入れている。移住者を誘致することにこだわるのではなく、外の人々に女川を第二、第三の故郷と位置づけて貰いたい、様々な形で関わりを持ち、通い続けて貰いたいとの考えだ。女川町役場の千葉さんは、そんな応援団のような存在の人たちが「自分が思い浮かべるだけでも数百人単位でいる。ゼロから町を立て直すには足りない部分を外からの力で補うことが重要」という。町長は、復興の町づくりを通じて、そのような「活動人口」を獲得し、活気を維持したいとしている。被災地に限らず、日本各地で人口減少が深刻化するなか、女川の新たなアプローチが注目されている。

 ◆女川町長にインタビューし、復興の現状を聞くとともに、人口減少時代の地方の町のあり方についても考えを聞く。

 

 

5.女川の新たな中心街の再建

~ゼロからスタートして6年。まちに賑わいが甦った~

・女川町 総務課 秘書広報係 係長 千葉 泰広さん

http://www.town.onagawa.miyagi.jp/hukkou/nigiwai_map.html

 

5-女川-DSCF2693 「復興のフロントランナー」と呼ばれる女川町。津波で壊滅的な被害を受けた町の中心地は、8メートルの土壌のかさ上げが行われ、更地になった。その後、2015年3月に、以前の場所から約200メートル内陸側にJR女川駅が再建された。町営の温泉施設「女川温泉ゆぽっぽ」と一体化した駅舎は、建築家の坂茂氏によるデザインだ。続いて、同年12月には、駅前のテナント型商業施設「シーパルピア女川」がオープン。おしゃれなカフェやレストラン、東京から移住した元翻訳家が起業した自然素材を使った石鹸の店、地元の女性たちが着物の生地でつくるアクセサリーの店などが並ぶ。また、宮城県の段ボール加工会社が段ボールで作った高級スポーツカー「ランボルギーニ」の実物大模型「ダンボルギーニ」も展示されている。現在は、週末には飲食店に行列ができるほどの賑わいを見せている。

 ◆町の担当者の案内で、ゼロからのスタートとなった町の再建について聞きながら、JR女川駅の駅舎から新たな商業の中心地となったテナント型商店街「シーパルピア女川」を歩いて視察・撮影する。

 6-駅舎と千葉さん-DSCF2706 7-シーパルピア-DSCF2714 s260-DSCF2718

 

 

6.復興を支えるプレイヤーたち

~新たにできたテナント型商店街「シーパルピア女川」に集う起業家~

 

(1)日本伝統の木組み技術を使ったギターを開発。女川産ギターの輸出を目指す  9-梶屋さん-DSCF2752

・株式会社セッショナブル (ギター製造・販売) 代表取締役 梶屋 陽介さん(33歳) 

 http://glide-guitar.jp/user_data/concept.php 

 

 東京の楽器店で営業の仕事をしていた梶屋さんが、2014年に起業したギターの製造・販売を手掛けるセッショナブル。社長の梶屋さんは、「どこに製造拠点を持とうかと考えていたときに、縁あって女川に来る機会があり、町の雰囲気がとても良かったため、女川に決めた」という。2016年2月に、新しい女川の町の中心地に工房をオープンさせ、ギターの制作を始めた。

 

10-若手ギター職人さん-DSCF2742 ここでつくられているギターの特徴は、通常はボルトで留めるギター本体とネックを、三陸沿岸の伝統的な大工の技術によって、釘を使わない木組みで接合している点にある。これにより、独特のクリアな響きを実現できるという。現在工房では、2017年3月の初出荷に向けて、全国から集まった3人の若い職人たちが女川産のギターを制作している。同社ではメイド・イン・女川のギターを米国や東南アジアなど海外にも輸出したい考えだ。

 

 

 

 

◆工房を訪れ、ギター制作の様子を視察するとともに、梶屋社長にインタビューする。

 

s260-DSCF274012-ギター部品-DSCF273911-ギター職人-DSCF2725

 

 

(2)タイルを新たな町の名産品に 

・NPO法人みなとまちセラミカ工房 (スペインタイル製造・販売) 代表 阿部 鳴美さん(56歳)

http://www.ceramika-onagawa.com/   14-阿部さん-DSCF2766

 

 みなとまちセラミカ工房は、女川生まれ、女川育ちの阿部鳴美さんを始めとする6人の女性たちのグループが2015年に立ち上げたタイルメーカーだ。元々趣味で陶芸をしていた仲間たちは震災で全員が被災し、1人が亡くなった。家を失い、数か月に渡る避難所での生活の後、仮設住宅暮らしが続くなかで、手を使って何かを生み出したいと考えていた阿部さんが出会ったのが、カラフルで装飾性に富んだスペインタイルだった。「津波で失われた女川の懐かしい風景や未来への願いを色あせないスペインタイルに託して、新しく再建される町を彩りたい」と、メンバーが集まり、起業した。2014年3月に女川で最初に完成した町営の災害復興公営住宅(「運動公園住宅」※事項参照)のエントランスを彩る絵タイル101枚の製作を手掛けるなど、町のあちこちで阿部さんたちが作ったタイルを見ることができる。女川の新たな名物となったタイルの評判を聞きつけて、県外のお客さんからも表札などの注文が入っている。

15-タイル-DSCF2757 国の助成金を得て事業を展開していたが、2015年4月からは自立し、経営も安定した。6人だったメンバーも10人まで増えた。工房では、デザインや製造のほか、女川を訪れる人々に向けたタイルづくりのワークショップも開催しており、出来上がったタイルを町の中心部の壁に貼ることもできる。阿部さんは、「自分の作品が女川に残っていると思うと、まちとのつながりが生まれる。その人たちがまた女川に戻って来てくれたら嬉しい」と語る。

 

 

 

 

◆店舗を訪れ、視察するとともに、代表の阿部さんにインタビューする。

16-s260-作業風景-DSCF2779 17-店内の様子-DSCF2760 18-作業の女性たち-DSCF2769

 

 

7.災害復興公営住宅で始まった新たな暮らし

~ゼロから共同体をつくりだす、住民たちの試み~

 

・女川町営 運動公園住宅 住民/大原北区 区長 鈴木 浩さん(69歳)

https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/610466.pdf

https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/307223.pdf

 

19-s260-鈴木さん-DSCF2794 震災6周年を迎える今、各地で「災害復興公営住宅」(被災した人のための公営の集合住宅)の整備が進み、プレハブ仮設住宅からの被災者の転居が徐々に進んでいる。町営の「運動公園住宅」は、町内の住宅の約7割が全壊した女川で、2014年に3月に初めて完成した災害公営住宅だ。それまで人が住んでいなかった高台の陸上競技場のトラックに建設されたもので、これにより新たな行政区が誕生した。現在、196世帯、約400人が入居している。このうち65歳以上が占める割合は約52%に上り、高齢者だけの世帯も74世帯ある。

 

  団地の住民で、新たに誕生した行政区の区長を務める鈴木浩さんは、「被災前は一軒家に住んでいた人ばかりで、集合住宅に慣れていないため、初めの頃はゴミや匂いなどの問題もあった。それでも、少しずつみんなが慣れてきた」と言う。高齢者の割合が高く、違う場所から移り住んだ住民を結びつける役割を果たしているのが、住民たちが自主的に運営する団地内のカフェだ。住民のボランティアが交代で切り盛りしており、毎日20~30人が訪れる。集まってお茶を飲んで話をしたり、住民向けのイベントのお知らせを共有する場になっている。「いつも来ている人が来ていないと、どうしたのかな?」と気に掛ける、そんな意識が生まれている。

◆団地内のカフェを訪れ、鈴木さんを始めとする住民の方々に話を聞く。

また、エントランスを飾るみなとまちセラミカ工房(※前項参照)のスペインタイルも視察する。

  20-DSCF2804         21-DSCF2798

 

 

<南三陸町>

 

8.震災の教訓を語り継ぐ「防災ツーリズム」

~600人もの避難者を受け入れたホテルがツアーを開催。のべ約30万人が参加~

・南三陸ホテル観洋 女将 阿部 憲子さん

http://www.mkanyo.jp/%E8%AA%9E%E3%82%8A%E9%83%A8%E3%83%90%E3%82%B9/

 

22-観洋おかみと伊藤さん-DSC09821 東日本大震災で被災した地域のなかには、地元の観光関係者や自治体などが災害の経験や教訓を伝える「防災ツーリズム」に力を入れ、震災で激減した観光客や修学旅行生の数の回復に大きな役割を果たしてきた事例がある。

 その代表例が、津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の南三陸ホテル観洋だ。浸水が一部ありながらも岩盤の上に建設されていたことで持ち堪えたこのホテルには、発災直後から多くの人々が避難してきた。「困っている人を前にして助けない訳にはいかなかった」というこのホテルは、水道も電気も止まっているなか住民たちを受け入れ、その数は震災当日だけで350人に上った。2カ月後からは、行政から二次避難所の指定を受けて600人を受け入れた。水道は4カ月、電気は1カ月間不通のままだったが、川の水や雨水を使うなどしながら被災者に衣食住を提供し、彼らを支え続けた。

 

23-ツアー中の様子-DSC09788 その後、同ホテルでは、団体客などの要望に応じて、自らも被災した従業員が経験を語りながら町内を案内する活動をしてきた。修学旅行や研修などの利用が多く、その数は年間約7000人におよぶ。また、2012年2月からは、個人の旅行者が1人でも参加できる「語り部バスツアー」を開始。毎朝開催され、ピーク時には1日に300人が参加した。団体の視察と「語り部バスツアー」を併せて、のべ約30万人が、ホテルの従業員がガイドする視察を体験している。参加者からは「テレビで見たのと違う。自分の目で見て初めて、20メートルの高台にまで水が押し寄せてきたということの実感が湧いた」といった感想が聞かれるという。

 

 

24-盛り土作業-DSC09761 壊れた建物が撤去され、盛り土の工事が進み、町はどんどん姿を変えている。女将の阿部憲子さんは、「初めて来た人が今の町を見ても、ここで何が起きたかを知るのは難しくなった。話を聞かないと、ただ通り過ぎてしまう。だからこそ、語ることで次の世代にこの町の経験を伝えたい。訪れた人に、ここで気づいた何かを持って帰って貰いたい」と語る。

 

 

 

 

◆ホテル従業員のガイドによる「防災ツアー」体験しながら、町内を視察する。また女将の阿部さんから、震災後6年の今も、防災ツアーを継続する理由について聞く。

25-ホテル外観-DSC09831 26-バスの中-DSC09735 27-k00窓の外の海-DSC09829 

 

【実施要領】

 

1.日程案:  実施:2017年3月6日(月)~7日(火)(*1泊2日)

 

<1日目 3/6(月): 郡山市、福島市>

7:12-8:33(1h21)      移動:東京~郡山(新幹線)

8:40-9:00(20)         移動:郡山~福島県農業総合センター

9:00-10:30(1h30)    福島県農業総合センター

                                  ・県関係者様による概要説明

                                  ・放射線モニタリングおよび検査準備作業視察

10:30-11:15(45)      移動

11:15-12:30(1h15)  福島市で農業を再開した飯館村出身の鴫原さんご夫婦

12:15-12:45(30)      移動・昼食(車中)

13:00-13:45(45)      土湯温泉/元気アップつちゆ概要説明

13:45-14:00(15)      移動

14:00-14:45(45)      温泉熱による発電施設、温泉水を活用した養殖場等の視察(45)

14:45-15:00(15)      移動

15:00-16:00(60)      土湯温泉(温泉街散策、温泉撮影)

16:00-18:45(2h45)  移動(~南三陸ホテル観洋)

19:15-20:15(1h15)  夕食

20:15-20:50(35)      南三陸ホテルホテル観洋 女将 阿部 憲子さんインタビュー

 

<2日目 3/7(火): 南三陸町、女川町>

8:00-9:20(1h20)      復興・防災ツーリズム(南三陸ホテル観洋~南三陸町内)

9:40-10:50(1h10)    移動:南三陸町~女川町

11:00-12:15(1h15)  女川町の概況説明、JR女川駅~女川温泉ゆぽっぽ女川視察~シーパルピア(徒歩)

12:15-13:00(45)      昼食(シーパルピア女川内飲食店)

13:00-14:00(1h)      シーパルピア女川内「セッショナブル」(ギター製造販売)

14:00-14:45(45)      シーパルピア女川内「みなとまちセラミカ工房」(タイル製造販売)

15:00-16:00(1h)      災害復興公営住宅 住民へのインタビュー

16:20-17:20(1h)      須田町長インタビュー

17:30-19:00(1h30)  移動:女川~仙台

19:30-21:04(1h34)  移動:仙台~東京(新幹線)

 

 

2.参加資格: 外務省発行外国記者登録証保持者

 

3.参加費用: 1人13,000円(全行程交通費、宿泊費、食費を含む)

*お支払い方法、キャンセル料等は、後日参加者にご連絡します。

 

4.募集人数: 10名(各社ペン1名、カメラ1名、TVは1社2名まで)。

*申し込み人数が10名を超えた場合は、国別の参加者数に上限を設定することがあります。

 

5.FPCJ担当: 吉田知加(TEL: 03-3501-3405)

 

6.備考:

(1)写真・TV撮影に関しては担当者の指示に従ってください。

(2)FPCJはツアー中に生じるいかなる不都合、トラブル、事故等に対して、一切責任を負いません。

(3)参加者には経費の一部を負担していただいていますが、営利を目的とした事業ではありません。

 

 

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