プレスツアー(案内)

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実施日 : 2016年05月11日 - 12日

案内:サミット直前・三重プレスツアー

投稿日 : 2016年04月26日

 

<開催を2週間後に控えたサミット会場とその周辺>

 

- サミット会場と伊勢神宮 -

- 島の漁師たちが伝える持続可能な漁業の知恵-

- 1200年の歴史を持つ産地に残る、唯一の墨づくり工房 -

- 世界の工場のものづくりを支える工作機械メーカー -

 

 

 

20150204-161913.noresizeRE賢島

 

 

 今年の5月26~27日に開かれる42回目のG7サミットの舞台、三重県 伊勢志摩地域。会場は豊かな海に浮かぶ小さな島、賢島(かしこじま)だ。

 

 伊勢志摩地域を語る上で欠かせない存在といえば、伊勢神宮だ。日本を代表する聖地で、年間838万人が訪れる日本最大の神社だ。

 

1FotorCreated

 

 また、この地域は、豊かな海に囲まれており、古くから漁業が盛んで、海産物を伊勢神宮に献納してきた長い歴史を持つ。なかでも、答志島(とうしじま)は、海の資源を枯渇させない漁業の知恵を見ることができる場所だ。漁師たちが自主的に設けた様々なルールを守る姿は、「持続可能な開発」の一つのモデルと言える。ここは、少年が大人になるための通過儀礼である「寝屋子制度」という風習が日本で唯一残っている所でもある。

 s260-FotorCreated墨と光機械2

 

 

 三重が誇る伝統産業のひとつに1200年の歴史を持つ墨づくりがある。今やただ1軒となった墨工房の職人親子は、新製品の開発や海外輸出に生き残りを賭けている。また、三重には、中小企業ながら世界の工場のものづくりを支える工作機械メーカーもある。

 

 

 

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本プレスツアーでは、サミット開催を2週間後に控えた三重県を訪れ、サミット会場を取材する。また、この地を語るうえで欠かすことのできない伊勢神宮や、持続可能な漁業が営まれる島、墨づくりの伝統を残そうと奮闘する職人、グローバル市場に挑む中小企業を取材する。

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※本プレスツアーは、伊勢志摩サミット三重県民会議および外務省が共催し、フォーリン・プレスセンターが企画運営しています。

また、外務省が海外から招聘する記者6名も参加予定です。

 

 

 

【取材内容】 

 

1.サミット会場

~豊かな海に浮かぶ小さな島の歴史的ホテル~

・志摩観光ホテル

http://www.miyakohotels.ne.jp/shima-classic/87697/index.html/DSC03306RE志摩観光ホテル2RESIZED

http://mie.summit-net.jp/contents/2-4_post.html 

 

 2016年5月26~27日に予定されている42回目のG7サミットの開催地、三重県 志摩市の賢島(かしこじま)。英虞湾に浮かぶ周囲約7.3キロメートル、人口98人の小さな島だ。

 

 サミットの会場となるのは、1951年に日本で戦後初となるリゾートホテルとして開業した志摩観光ホテルだ。

志摩観光ホテルを訪れ外観を視察する。

 

 

 

2.日本最大の神社 伊勢神宮

~五穀豊穣と国の繁栄が祈られる、日本を代表する聖地~

http://www.isejingu.or.jp/

 

20150303-192551.noresize神宮社殿 伊勢神宮は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る内宮と、豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祀る外宮を中心に、全125の宮社から構成される。総面積は約55平方キロメートルで、神社としては日本最大。伊勢市の3分の1を占め、パリ市とほぼ同じ広さだ。

 

 ここでは、一日も欠かすことなく、五穀豊穣と国の繁栄を願い、自然の恵みに感謝を捧げる祭りが執り行われている。

 

 江戸時代(17世紀前半~19世後半)には、全国から庶民が徒歩で参拝に訪れ、「伊勢に行きたい。せめて一生に一度でも」と歌に歌われる憧れの対象となった。多い年には500万人を超える人々が詣でたという。当時の日本の人口3,000万人(推計)のうち約16%が伊勢を訪れたことになる。現在でも年間838万人(2015年)もの人々が参拝に訪れている。

◆伊勢神宮の内宮を訪れ、説明を聞きながら敷地内を視察する

 

 

 

3.答志島: 漁師たちが伝える資源を枯渇させない漁業の知恵

~「持続可能な開発」のヒントがここにある~答志島1RE

 

 三重県 答志島(とうしじま)は、鳥羽市(伊勢志摩地域)にある人口2,235名、面積約7平方キロメートルの漁業の島だ。古くから伊勢神宮に海産物を献納してきた地域にある。周辺の海は、太平洋からの黒潮と栄養豊富な伊勢湾内の海水が激しく交差する豊かな漁場だ。島では、海の恵みを維持し、次世代に残すために、漁師たちが自ら決めて守っているさまざまな資源管理の知恵を見ることができる。また、ここは、「寝屋子制度」というコミュニティ強化のための風習が日本で唯一残る場所でもある。

 

 

 DSC02089RE答志島ゆうやさん

 

(1)  「寝屋子制度」

日本でここだけに残る貴重な風習が、コミュニティの絆を強める

 答志島には、日本で唯一「寝屋子(ねやこ)制度」が残っている。これは、少年が大人になるための風習(通過儀礼)で、江戸時代には同様の風習が日本各地の村々に広く存在した。近代化とともに消滅していき、今も継承されているのは全国で答志島だけだ。

 

DSC03693RE答志島サメの移し替え 島では現在も、中学を卒業した思春期の少年たち5~6名を、家族以外の夫婦が引き受け、世話をし、生活に必要な技術を教え、人生の相談役を務めている。第二の親とも言えるこの存在を「寝屋親」と呼ぶ。少年たちは、自分の家で夕食を済ませると、夜は寝屋親の家に集まり、そのまま宿泊する。現代では必ずしも毎日宿泊している訳ではないが、いつでも行きたいときに行けば必ず受け入れて貰える場所だ。15歳頃に始めて26歳で解散するが、寝屋親や共に過ごした同世代の仲間たち(寝屋子兄弟=朋輩)とは、実の家族同然の強い絆が生まれ、それは生涯に渡って続いていく。昔から、寝屋子の仲間たちは「自分の親の墓を一緒に掘ってくれる」と言われている。

 

 寝屋子を経験した山下裕也さん(26歳)は、「寝屋子は楽しい。皆入りたいと思って入っている。思春期、自分の親より寝屋親の方が話しやすくて色々相談できた」と語る。また、寝屋親を引き受けた大人たちは「大人自身も成長する」と言う。なお、寝屋子制度は1985年に鳥羽市の無形民俗文化財に指定されている。

◆答志島に渡り、実際に寝屋子を引き受けている家庭を訪問する。親役となっている大人と、その世話になっている若者たち両方にインタビューする。

 

DSC03616RE答志島漁港2DSC02107RE答志島のお母さん達DSC02126RE答志島漁船

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2) 漁師たちが自らつくるルールが、持続可能な漁業を可能にする

海の資源を次世代に残すための知恵

http://www.osakanaikiiki.com/uminomori/ime/r.pdf

 

s260-cn1_20110304143139REタイ 答志島では、漁師たちによる独自の資源管理の方法と知恵を見ることができる。三重県の漁業者は、魚介類について漁獲可能なサイズを自主的に規制しているが、答志島では、それよりも厳しい制限を自ら設けている。たとえば、ヒラメは全長20cmあれば獲っても良いが、島では30cm以上なければ海に戻すのがルールだ。また、海を汚すタイプのエサ(アミエビ)も、独自に禁止している。漁で揚がる魚やワカメの生育状況が悪いと、皆で話しあって一定期間獲るのをストップするというルールまである。さらに、2005年からは、アワビ等のエサになる海藻(アラメ)の減少に歯止めをかけようと、漁業協同組合の20代~40代の若い世代が中心となって海藻(アラメ)を植え付けた岩を海底に投入する活動が続けられている。海の森を育てるこの活動には、地元の中学生も参加している。

大漁旗船1RE

 

 

 このように漁師たちが自らルールをつくり、それを全員が公共の利益として理解し、守れるのは、寝屋子を基盤とした強固な地域の絆があるからだと言われている。また、豊かな海の資源を未来に残したいという思いの背景には、自分の子孫の利益だけを考えるのではなく、寝屋子制度を通じて地域の若いメンバーを我が子同様に捉える発想があると考えられる。

 

 

◆地元の漁師たちに、資源管理の方法について話を聞き、海藻が育つ藻場の再生作業を視察する。

 

 

 

 DSC03700RE答志島中村理事

(3)若者が島に戻り、漁師になる島

海の資源管理とブランド化の両輪で高付加価値化を目指す

 

・鳥羽磯部漁業協同組合 答志支所 理事 中村幸平さん(68歳)

http://www.osakanaikiiki.com/shisho/2.htm#toushi

 

 日本の漁業従事者は年々減少の一途を辿っている。現在その数は16.7万人(2015年)で、5年前と比較して3.6万人も減っている。また、65歳以上の占める割合は約DSC02023RE答志島水槽40%に上る。水産資源の減少によって漁師の収入が低くなり、若者の漁業離れにつながっているのだ。

 

 

 一方、答志島では、漁師を継いだり、一度島外に出ても戻ってきて漁師になる人が多い。島の漁業従事者の数は617名(2013年)。10代~30代の若い漁師も67名(11%)と多く、65歳以上の割合は約27%で、全国平均と比べてかなり低い。

 20130920-133244.noresize伊勢エビ縦

 

 地元の漁業協同組合の理事の中村幸平さんは、「一度都会に出た若者が戻ってきて漁業ができるような環境をつくりたい」と語る。島では、海の資源を管理・維持する努力とともに、漁港と市場の設備が強化されてきた。海で獲れた魚を生きたまま競りにかけられる水槽や、船に積み込む氷をつくる製氷施設もある。答志島から出荷される魚の鮮度を高めることで、高付加価値化とブランド化が図られてきたのだ。島の漁獲高は17億6,500万円(2013年度)と、10年前と比較しても低下しておらず、高いレベルを維持し続けている。

 

 

◆漁業協同組合の中村理事に話を聞くとともに、活気あふれる漁港と市場の様子を視察する。また、都会から島に帰ってきて漁師になっている若者たちにもインタビューする。

 

 

 

 

4.1200年の歴史を持つ産地にただ1軒残る、最後の墨づくり工房。

~国内の書道人口減少のなか、新製品と海外輸出で生き残りを図る職人親子~

 

・「鈴鹿墨」製造: 有限会社 進誠堂 代表取締役 3代目 伊藤 忠さん(51歳)

                                                                         4代目  伊藤 晴信さん(28歳)

 書道パフォーマンス1RE

http://www.suzukazumi.co.jp/

 

 中国から朝鮮半島を経由して日本に伝来した墨。古くから東アジアで文字の筆記や絵を描くのに使われてきた。水に強く、防腐・防虫効果があり、数千年前に書かれた文字が読み取れるほどの耐久性がある。主な原料は、木などを燃してできる煤(すす)と、動物の皮や骨からつくられる膠(にかわ:コラーゲン)で、それらを丹念に練り上げて生み出される。

 

DSC01931RE円形の墨に彫刻 三重県 鈴鹿市の特産品である「鈴鹿墨」は、平安時代(800年頃)が起こりとされ、1200年以上の歴史を持つ。江戸時代には寺子屋の発達と共に需要が増え、盛んに生産されるようになった。

 

 ところが、バブル経済の崩壊後、需要が低迷。石油から作られる安価な代用品が学校の書道の授業などで幅広く使われるようになったことも痛手となった。鈴鹿の生産者は減少の一途を辿り、ついに2005年には進誠堂を残すのみとなった。全国的に見ても、墨づくりを手掛ける工房は、現在、鈴鹿のこの1軒と奈良にある4軒だけになっているのだ。

 

 そのなかでも、進誠堂の伊藤忠さん(51歳)は、墨づくりでは唯一国の「伝統工芸士」の認定を受けた職人で、手づくりで最高品質の墨を生み出している。そんな伊藤さんも、書道人口の高齢化が進むなか、自分の代で終わりにしようと考えていたという。ところが、息子の晴信さん(28歳)が「このままでは1200年続いた伝統が途絶えてしまう」と、2010年に東京から帰郷。後継者として修業を始めた。

 

伊藤親子 (2) 次の世代に墨づくりの技術を残したいと考えた伊藤親子は、新たな分野での製品開発に力を入れている。墨に顔料を混ぜて開発した「カラー墨」は、墨の落ちにくさと色のバリエーションを両立させた製品で、布の染色に幅広く使われる人気商品になった。このほか、「衣食住すべての分野で墨を使った商品を作りたい」と、墨の持つ防虫・防腐・脱臭効果を活かした建材用の塗料や、墨を使ったお香やクッキーまで開発している。現在では、それら新製品の売上が全体の20%を占めている。さらに、中国をはじめとする海外への墨の輸出も手掛けており、売上の約10%にまで達している。特に中国では文化大革命後に現地で途絶えた職人の手仕事に対する評価が高く、富裕層から支持され、1本30万円の墨が売れることもあるという。

◆進誠堂を訪れ、墨づくりの工程を視察する。また、書道パフォーマンスも見る。さらに、伊藤忠さん、晴信さん親子に、墨を応用した新製品の開発、海外輸出、伝統産業の存続にかける思いについて聞く。

 DSC01885RE鈴鹿墨カラー工房2REDSC01923RE墨の書道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.航空機からスマートフォンまで。世界の工場のものづくりを支える工作機械メーカー

~独自技術でグローバル市場に挑む中小企業~

 

株式会社光機械製作所 代表取締役社長 西岡 慶子さんDSC01774RE光機械社長

http://www.hikarikikai.co.jp/ (日本語)

http://www.hikarikikai.co.jp/chinese.html (中国語)

 

 株式会社光機械製作所の創業は1946年。70年の歴史がある従業員約100名の中小企業で、研削盤などの工作機械と切削工具を生産するメーカーだ。研削盤とは、砥石を回転させて素材を削ったり磨いたりするもので、機械の部品をつくる際に用いられる。切削工具も同じく部品の加工に使われる。   

 

DSC01760RE光機械作業風景 素材や用途に合わせた精密な作業を可能にする同社の工作機械や切削工具は、航空機から自動車やスマートフォンまで、幅広い分野の部品製造プロセスに導入されている。特殊加工のカテゴリーでは国内トップシェアを誇るものもある。オンリーワンの技術が買われ、顧客のニーズに対応してオーダーメイドで設計する製品も多い。まさにものづくりを下支えする縁の下の力持ちなのだ。

 

 DSC01809RE光機械女性エンジニア同社の製品の販売先は、日本のみならず、韓国、台湾、中国、インド、ドイツ、米国など世界中の工場に拡がっており、全体の売上約12億円のうち海外輸出が50%以上を占める。スマートフォン用などの精密部品の製造では同社の機械がないとできない工程もある。グローバル化による製造拠点が中国などに移るなかで、同社は日本のみならず世界各地でのものづくりも支える存在になっていると言える。最近では、東南アジアなどの部品工場で働く労働者に女性や未経験者が多いことから、その市場をターゲットに、女性社員の意見を取り入れた工作機械も開発している。

 

 社長の西岡 慶子さんは「性別、年齢、国籍を問わず、能力のある人、チャレンジしたい人に仕事をして貰う」のが信条だ。同社では、設計や生産管理、製造現場でも女性が働いており、全社のマンパワーの3割近くを女性が占める。また、インドネシア、中国、トルコ、インド等外国出身の社員もいる。

◆光機械製作所の西岡社長に、グローバル市場で中小企業が勝負していくための経営方針などについて聞く。さらに、同社の工場を訪れ、製造現場を取材する。

DSC01794RE光機械ペルソナDSC01823RE光機械インド人社員DSC01799RE光機械インドネシア出身社員

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【実施要領】

1.日程案:2016511日(水)~12日(木)(12日)

 

1日目:511日(水)>

7:13                     東京駅発(新幹線および近鉄)

10:50-11:50         伊勢神宮(内宮)

11:50-13:00         バス移動・昼食

13:00-14:30         サミット会場 志摩観光ホテル

15:20-15:50         チャーター船で答志島へ移動

16:00-17:00         海の資源管理(藻場の再生作業を視察)

17:45-19:45         夕食懇談会

20:00-21:15         寝屋子制度(島の方々へのインタビュー)

 

2日目:512日(木)>

8:30                     ホテル発

8:45-11:40           答志島の漁業(漁港、市場、漁業関係者への取材)

11:50-12:20         チャーター船で移動

12:20-13:50         バス移動・昼食

13:50-15:35         鈴鹿墨 進誠堂

15:50-16:10         バス移動

16:10-18:10         光機械製作所(工作機械メーカー)

18:47                   三重発

21:33                   東京着

 

 

 

2.参加資格:外務省発行外国記者登録証保持者

 

3.参加費用:113,000(全行程交通費、宿泊費、食費を含む)

*お支払い方法、キャンセル料等は、後日参加者にご連絡します。

 

4.募集人数:8名(各社ペン1名、カメラ1名、TV12名まで)。

*申し込み人数が8名を超えた場合は、国別の参加者数に上限を設定することがあります。

 

5. FPCJ担当:吉田知加(TEL: 03-3501-3405

 

6.備考:

(1)  写真・TV撮影に関しては担当者の指示に従ってください。

(2)  FPCJ、伊勢志摩サミット三重県民会議および外務省は、ツアー中に生じるいかなる不都合、トラブル、事故等に対して、一切責任を負いません。

(3)画像 冒頭2点および伊勢神宮: (C)伊勢志摩観光コンベンション機構

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